第9話 黎国城跡

 建国百年の国。戦争によって緋国に領土を奪われ滅んだ国があった。それはかつて燿国と勢力が二分するほどの大帝国――れい国。


 闘いに敗れた黎国の王家の一族は粛清され、城も破壊された。砂嵐の多い地域だからあっという間に砂に埋もれ、百年ほど経っていた――。今は旧市街に向かう途中の目印になっている。


 凛風リンファ小鈴シャオリン、憂炎とレイラとその侍女。あとは数人の武官、護衛の兵士を伴って旧市街を目指して馬車を走らせた。


「レイラさま、こんなに揺れているのに馬車で眠るなんてね」

「疲れたのかしら」

 レイラは最初はおしゃべりに夢中になっていたのだが、途中から凛風の肩にもたれかかりすやすや寝ている。


「凛風、見てくれ! ここはオアシスで、あちらに見えるのは黎国城跡だぞ。百年前、ここは戦場だった。我が国の始皇帝と闘った……。どちらも何千人の死者が出たと言われている」

 憂炎が街の説明を買って出た。

「この城跡には今もたくさんの兵士の亡骸が眠っているのですね……」

 凛風は窓からしんみりと外の景色を眺めた。


「うむ。だから、月のない夜、この辺りで駱駝らくだと通ると、兵士の幽鬼ゆうれいに会えるんだって――」

 凛風の目を見て話す憂炎。


「え……ゆーれいに?」

 凛風はさーっと顔が青くなり震える。小鈴も凛風にくっつく。

「そうだよ。みつかると幽鬼ゆうれいの仲間に引きずり込まれて僵屍キョンシーになるそうだ。知っているか? 僵屍キョンシーは人々を襲い食らうという」

 

「ひぇぇぇぇぇ。 憂炎さま!」


「ハハハ! 冗談だよ。そなたたちは怖がりだな」

「女子はみな幽鬼ゆうれいの話は苦手です! できれば、それ以上の話はっ……!」

 小鈴も凛風に隠れるように小さな声で訴えた。


(もう。無邪気なんだから)



 ***



 旧市街と新市街が交差する十字路近くの厩舎で馬車は止まった。


「今日は新市街の方で泊まって、明日は旧市街を散策しよう。武官は旅先で雇われた用心棒の恰好に着替えてくれ、お忍びだからな」


 目的地に着き、テキパキと指示を出す憂炎は馬車からひらりと飛び降りた。

「さあ、凛風さん……」

 馬車から降りる凛風を支えようと、憂炎は手を差し出すと、俊軒ジュンシェン武官が慌てて駆け寄る。


「陛下……それはわたくしがやります。危ないです」

俊軒ジュンシェン、今、余は陛下じゃなくて憂炎だろ? ほら言ってみろ」

「ははははいっ!  いいえ! ああ、陛下に気安く話しかけるなんて~めめ滅相もございませんっ」

「許す」

「冷や汗かきます。それに旅先の用心棒役なので、ご主人さまと呼ばせていただきます。やはり凛風さまはわたくしが……」

「いや、市井の夫はこういう時、妻が降りるとき手伝うらしいな。本で読んだ」


(断ったのに、やっぱりわたし、妻の設定なんだ)


「ありがとうございます、憂炎

「そんなのは当たり前だ、大事な妻が転んでは大変だからな」

 憂炎は満足そうにいった。



 ***



 今日は新市街に新しく開店オープンしたばかりの綺麗な宿に泊まり、憂炎と武官、凛風たち女子の二手に分かれ二つの部屋にそれぞれ泊まることになった。


 宿の一階は飲み屋だったが、疲れた一行は、夕餉は商店街にお惣菜を買いこもうと話し合った。護衛が買い出しにいってくれた。


「用があれば壁を三回叩いてください、凛風さま」

「わかりました。俊軒ジュンシェン武官」



 ***



 小麦粉を丸めて揚げたものや野菜の炒め物、蒸かしたジャガイモにお肉を巻いたもの。円卓に広げて並べた。


「なかなか美味しいですね」

 小鈴が一口つまんだ。それを見てレイラもつまむ。

「うん、まあまあね」

 生意気にレイラが感想をいう。


「何もない砂漠の国かと思っていたら、緑も多くて、野菜は育つし、思ったほど砂漠でもないですねぇ。緋国はグルメで、んーおぃひぃ。凛風さま、これ、んまーい」

 小鈴は上機嫌で口いっぱいにお肉をほおばる。


 長旅で疲れたのか、小鈴とレイラはご飯を食べたらすぐに眠りについた。凛風は何となく寝るのがもったいなくて、小さなバルコニーに出る。


 空気が澄んだ夜空を眺めた。下の階では酒の入った人たちの楽しそうな笑い声。新市街は街のいたるところに朱いランプが灯っていた。石畳で綺麗に舗装された小路。店の軒下には椅子と円卓が並び、家族連れも多くにぎやかだ。治安がいいのだろう、酔って路上に座り込んで眠る者もいた。凛風は民の生活を見るのが好きだ。


「眠れないのか?」

「⁉」


 声をかけてきたのは、隣の部屋に泊まった、憂炎だった。

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