第12話 月牙龍泉の儀式

 海と大河に挟まれながら広がる砂漠。海沿いの岸壁に紅鳶べにとび城が建つ。無事に城に戻ると、しばらく憂炎ゆうえんは忙しくて凛風リンファと会えなかった。


 過ごしやすい季節から夏になり梓晴が緋色のお召し物を用意した。


月牙龍げつがりゅう節?」

 初めて聞く行事に凛風は思わず梓晴に聞き返した。


「はい。納涼祭のことです。れい国城跡近くの砂漠地帯に三日月の形をしたオアシスがあります。枯渇しないように呪術師や巫女が集まり年に一度、月牙龍泉を祝う儀式があります」

「緋国にはそんな祝日があるのね」


「そこで、凛風さまを皆様にお披露目したいと思います」

「レイラさまや他の公主たちは紹介しないの?」

「幼いですからね……。せめて十五歳にならないと正式な妃嬪として認められませんね」

「そうですか……。でも祝いの席には出ますよね?」

「ええ、もちろんです」

「じゃあ、わたし。公主たちの衣装を考えたいです!」

「まぁ、凛風さまが? いいですね。では皇太后さまにも伝えておきます」

「皇太后さま……」


(事実上、実権を握り、贅沢をして、わがまま三昧の皇太后さまか……。憂炎さまの命もあのひとが握っている)


 未だ見ぬ皇太后に不安を感じながら、凛風は唇をキュッと結んだ。



 ***



 凛風が暮らしたよう国の後宮には〈初夏の饗宴〉があった。大帝国だと知らしめるため、各国の皇族を呼び、一代イベントだったが、凛風は出席できなかった。


 だから、次は小さなかわいい公主たちと自国だけのささやかなお祝い事に出席できると思うと嬉しくて張り切った。


小鈴シャオリン、この柄はどうかしら?」

「湖の儀式ですか……。緋国の紋章は炎と風と龍ですね。それぞれの出身国の柄と組み合わせてはいかがですか?」

「そうね、柄は同じだけど色を変えましょう。お揃いみたいでカワイイわ」



 ***



 ――儀式当日。日が暮れると、雲ひとつない空から星が降り注ぐ。今宵は白金の三日月だった。儀式は三日月の夜に執り行われる。砂漠の真ん中に突然現れる三日月の形をした月牙龍泉の湖。


 この日は皇太后も出席した。華美に着飾った姿で現れた。薄明りの中ではあるが、背も高くはっきりした顔立ちの美人だとわかる。肌に砂がかかるのが嫌だったのか、急に不機嫌になり、凛風のお披露目を待たず皇太后はさっさと城に帰ってしまった。


 憂炎の横に凛風が座り、妃としてお披露目された。この日は諸侯や地方の官吏、領主もやってきた。


「乾杯!」


 凛風は慣れないお酒を飲む。

 しばらくしてお揃いの衣装を着た幼い公主たちはわーわー騒ぎはじめた。走り回るのを追いかける侍女、捕まってしぶしぶ席に着いた公主たちをなだめると、少し酔った凛風は小鈴とオアシスの近くに張った天幕の中に入り休憩していた。


「大丈夫か?」

 憂炎が心配そうに簾をめくりのぞいた。


「憂炎さま。わざわざありがとうございます。わたし、お酒がはじめてだったので、今は頭がくらくらします」

「それは大変だ! 横になりなさい」

「ええ? はい、わかりました」

「うむ、これでよい」


 憂炎がそわそわしながら凛風に近づくので、小鈴はわざとらしく手をポンと叩いた。


「あ! そうでした! ええーとぉ……。そうそう! お水。持ってきますね」

 小鈴は足取り軽く天幕から出ていった。



 ***



「まだ、憂炎さまは席に戻らなくて大丈夫ですか?」

「今は宴も終わり、儀式の準備に入ったから少しだけなら大丈夫だぞ。もうすぐ大勢の術師が集まるのだが、祈りの儀式が圧巻なんだ。早く凛風に見せたい」

「そうでしたか。楽しみです」

 凛風が少し口角を上げるのを見て、憂炎は落ち着かない様子で立ち上がってウロウロと歩き始めた。


「そういえば、この前、お忍びを提案して、危険な目に遭わせてすみません。あとで考えたら怖くなってしまって……本当にわたし危機管理能力なくて……ダメですね」


「気に病むことはない。僕は楽しかったよ、それに――」


 天幕に飾ってある剣を取り出し、天井に向かって剣を掲げる。


「僕は、そこで死ぬならそれも運命だと思っているんだ」

 憂炎の表情が変わる。


「……」

「僕は時々、戦場に赴く。危険な目にあうとするだろう。この前の遠征も矢があと数センチずれていたら僕の心の臓を貫いていたはず」

「!」

「でも、生きている。天帝は僕に味方をしたんだ。だから、たとえ危険なことがあったとして、命を落とさなければ、僕は天に生かされているのだと思う」


「……どうしてそんな」

「星の巡りっていうのかな、やらなければならない使命がある。だって僕は唯一、世を変えることができる皇帝なんだよ」

 死を恐れぬ鋭く光る紅い瞳の若き皇帝は、凛とした姿で言い切る。


「……」

「儀式の時間だね。行こうか」


 飾りの剣を元の場所に戻し、薄明りの中、堂々と歩く。お飾りの皇帝ではない、何かを成し遂げようとしていた。

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