第2話 公主としての決意

 二千年の長い歴史を持つよう国。国と争いを収めようと凛風リンファの婚姻が決定した。


 軍の指揮を執っていた凛風の異母弟の汀州ていしゅうは、離宮にいる姉に会いに来た。


 鬱蒼と茂る木々、古びた玻璃はり宮の屋根に苔が生えていた。庭の手入れする宦官の気配もなく、遠くの方でお茶会をする姫君たちの笑い声が聞こえる。でも凛風はお茶会に呼ばれることはない――。


「なんだここは酷いな。昼間なのに薄暗くて、木が高くて日差しが入らない。池も濁っているし、庭は荒れ放題だな」


「汀州……。久しぶりです。しばらく見ない間に、背も伸びて立派になられましたね」

 凛風は汀州を見つけると拱手した。


「敬愛する姉上さま。お久しぶりでございます。長官に聞きました、花陽かようの街まで遊びに行かれたそうですね。楽しかったですか?」

「ええ。人気のお茶屋に入ったの。それから布を買いに行ったわ」


 凛風は汀州を四阿あずまやに案内すると、小鈴が急いで茶の用意をする。ここには侍女が一人しかいない。


「汀州さま。街の露店で買った小窩頭シャオウォトウでございます」

 小鈴シャオリンはお茶とお菓子をおいた。


「黄色くて、とんがっていて、不思議な形ですね。なんですか?」

「お店の方に尋ねたら、トウモロコシ粉、大豆粉や白砂糖を入れて練って蒸した面包パンでございます。花陽では人気なんですって!」

 楽しそうに小鈴は説明する。


「蒸しパン! それは美味しそうですね。ひとつ頂きます」

「汀州は、甘いものに目がないから」

 凛風はうつむきながらも、クスッと笑みを浮かべた。

「やっと笑ってくれましたね」

「……」


「姉上さま。――此度のことは申し訳ありません。わたしの力不足で嫁ぐことになってしまって。しかも緊張状態の緋国。何といっていいか……。しかしこれ以上、兵士の犠牲が増えるのを避けたかった」

 汀州は声を詰まらせ黙ってしまった。


「構いませんよ。どうせ他の公主も嫌がったのでしょう? わたしがいなくなって困る人がおりましょうか。それに、ご存じの通り、わたしの母方は紅家。一年前——従兄いとこが謀反を企て、父上……陛下を弑逆しいぎゃくするという、大罪を犯した」

「………」


 陛下父上亡きあと、凛風の異母弟——第八皇子が大混乱を収めたのち即位して、収束したがしこりは残った。


 母方は貴族の中でもさらに上級貴族だった紅家。燿国のまつりごとを執り行う中心にいた、五大世家せいかに入るほどの華麗な一族。


「紅家は失墜して、わたしは離宮という名の幽閉。貴族からは笑い者にされ……。城から別の州に出ることも叶わない。このまま年を取って死んでいくはずだった」



『裏切り者には制裁を!!』

『血族には悪夢を!』


 あの日——。官吏たちが次々と紅家の者を捕らえ、従兄に近しい者たちは処罰された。凛風はしばらく玻璃宮に閉じ込められた。


(わたし、何もしていないのに……)


 涙が出そうになり手で顔を覆った。


(―—でも、この先、どう生きたところで血族の罪は消えない。もともと内乱がある前からわたしは、空気のような存在だった……)


 汀州は凛風に手巾を渡す。

「姉上さま……。本来なら紅家は一族郎党皆殺しです。姉上が今、玻璃宮にいられるのは現陛下の恩情なんだ。これ以上、手を差し伸べれば今度は陛下が批判にさらされる。だから――」


「わかっております。悲観してないわ。ただ息を殺して静かに過ごすだけなら、生きる理由を見いだせないでいた。それに、もしかして緋国なら道が開けるかもしれない。陛下に生かされたのであれば、燿国の役に立ちたい――」

「姉上……」


「わたしは和睦を結ぶため、緋国に嫁ぎます」


 凛風は汀州に拱手きょうしゅして頭を下げた。



 ***



 ―—半年後、卜占うらないで決めた吉日に、緋国の国章色である緋色の衣装を纏い、凛風は緋国に嫁いだ。



 

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