第3話 緋国の訪問者

 争いの国、ほのおの国と呼ばれた国。


 緋国の始祖しそ、炎王が各国と長年戦に明け暮れ、緋国を建国したがいまだに他国との争いが絶えない。


 緋国は川も海も近いが海風の影響で砂漠地帯だ。海沿いの唐紅からくれないの丘に石垣が高く積まれ、盤石な城郭、街を見下ろすように紅鳶べにとび城が聳え立つ。

 

 後宮の離れにある朱宮に一人の青年がやってきた——。


 宰相がわざわざ出迎え、拱手する。長い青髪を束ね、面相は前髪に隠れている。右目が隠れていたが、左目は深い碧色だった。顔が隠れて妖しげな雰囲気で色気のある男だ、年は二十四、五歳といったところか。


「遠い所から、おいで下さいました。ありがとうございます。ええと、呪術――たしか封じ師……」

 

「記憶のことならなんでもおまかせください。記憶の封じ師、ルイと申します」

「失礼いたしました、睿さま」


「では、さっそく依頼の御方の状態をお聞かせください」 


 睿は寝所に案内された。椅子に座った女人がいた。窓の外を見ているようだが視線は定まらず、虚ろな目をしていた。


「―—名は栄妃と申します。一年前まで、よう国の妃嬪だったのですが、夫である皇帝が目の前で刺されて……。そのショックで今も床に伏せております。心の病を理由に我が国に戻されました」


「それは、さぞや心配でしょう」

「はい……。栄妃の代わりに、我が国の公主ひめを燿国の新たに即位した皇帝に嫁がせようと交渉していましたが、まだ落ち着いていないとかで、返事が先延ばしになっておりました」

「噂では燿国一の美貌の皇帝でしたか?」


「はい。どうやら多数の妃嬪を娶るつもりはないようで。交渉の末、代わりに燿国の公主が我が国に来ることが決定しました」

「そうですか……」


凛風リンファ公主だそうです」

「燿国の、凛風……」

「おや、ルイさまは知っておられるのですか」

「いえ――何でもありません」



 ***



 栄輝栄華を極めた燿国らしく豪華で煌びやかに飾った軒車に乗せられ、一週間かけ、凛風リンファ公主は争いの国、国にたどり着いた。


「戦争ばかりしているから、どんなおっかないところかと思ったけど、民や街は平和そうですねぇ~。古い街並みも素敵ですね。またお忍びで街に行けるかしら」

 明るく機嫌良さそうに小鈴シャオリンは話す。

 

「ごめんなさい。小鈴まで見知らぬ国に……」

 

 凛風の顔が曇る。凛風公主付き侍女の小鈴も緋国に同行することになったからだ。


「凛風さまが謝る必要はありませんよ。それに……お嫌ですか? わたしは好奇心旺盛だから、死ぬまでに一度は他の国をこの目で見てみたかったんです」


 申し訳ないと思いつつ、心強かった。


 丘の上に建つ紅鳶べにとび城は、敵の攻撃も撃破しそうで、攻め入る隙のない難攻不落の城だった。城の背後は切り立った崖、荒れた海がみえた。仮に海側から攻めようとしても船着場がない。


 隣国でありながら交流の機会がなかった長年の謎だった国の門の前に立った。宰相や宦官らに迎えられ、凛風や侍従たちは宮殿を案内された。


「凛風公主にちなんで風月ふうげつ宮と陛下が命名しました」

「恐れ入ります」


 宦官は拱手して部屋を出ていくと、今度は宮女たちがたくさんの荷を運び込んだ。荷をほどくと大勢の宮女たちは小鈴の指示通りに動いて、あっという間に部屋は整頓された。


「夜は、陛下と宴が催されております。それまでごゆっくりどうぞ」

 宮女長の梓晴ズーチンが拱手して部屋をでた。


 ようやく二人きりになって、凛風と小鈴がひそひそ話をする。


「凛風さま。到着した日に宴ですって⁉ なかなかハードですね」

「仕方ないわ……急いで、着替えましょう」


 カタン


 窓の方から音がした。

「何かしら?」

「凛風さま! わたしっ 怖くてダメですぅ~」

「じゃあ、わたしが見に行きましょう」

「凛風さまはいけません!」


 小鈴が止めるのも聞かず、窓を開け覗き込んでみると、使用人のような服を着た男の子が木に登り、葉っぱの影から見ていた。肌は浅黒くて整った顔立ち。黒髪で紅い瞳の美少年だった。

「!」


(なんて、美しい男の子なの! 果実があったら投げているところね)


 燿国では美少年アイドルに果実を投げる風習があった。


「初めまして。わたしは凛風って言うのよ。よろしくね」

 凛風は突然の訪問者に丁寧に拱手した。

「……」


 一言も言葉を発することなく、木から飛び降りて逃げて行った。

「まあ、使用人の子どもでも迷い込んだのかしら」

 凛風がポツリと言うと、

「ええ? じゃあ警備が手薄ってことですか? もう! 大帝国の公主を莫迦にしているのですか⁉ 抗議するんだからっ!」

「いいのよ、小鈴。時間がないし、準備するわよ」


 湯浴みをして、燿国自慢の金糸の刺繍が施された絹を纏い、宴に出ることにした。

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