第4話 緋国の皇帝陛下

 国に着いて凛風は初めての日没を迎えた。


 唐紅からくれないの丘に建つ、その城から外を眺めると、広獏とした砂の海。砂と空の境目は茜色に染まり、紺碧の空に闇が迫る。砂漠に消える夕日は得も言われぬ美しさだった。


 隣国の国とよう国の間には大きな河が流れていて、船で河を渡り緋国に入国すると砂漠が広がる。かつて大帝国だったれい国が滅び、城跡や古跡が砂に埋もれ眠る。しかし黎国が消滅しても旧市街はにぎわっていた。


 緋国の民は浅黒く、彫の深い顔立ちが多い。しかし王族は肌が白く、各国の公主を娶るので、金髪の皇子もいれば茶髪に黒髪と顔立ち、瞳の色も様々だった。


 夕闇が迫る頃、宴の時間になり呼ばれたので凛風リンファと小鈴が行くと、天井が高く、燭台が飾られ、鮮やかな藍色の絨毯。各国から贈られた品々が並べられていた。


 (噂では、冷酷無比で、気に入らないとすぐ首をはねるとか聞いたけど……)

 凛風は鼓動が早くなって、手足が震え、だんだん胃が痛くなってきた。


 宰相、官吏たちは一斉に凛風に拱手した。


「遠路遙々、緋国へようこそ。わたしたちは友好の証としてお酒の席を設けました。また華燭の典(結婚の儀式)も盛大に行いたいと思います」

「燿国を歓迎してくださり大変感謝します」


 緊張しながら凛風が金の煌びやかな椅子に座る皇帝に揖礼をする。そして顔を上げると、皇帝は冕冠べんかんをかぶり、数珠のような揺れる飾りの隙間から、顔が見えた。


「……え?」


 凛風は言葉を失った。


 なぜなら先ほど昼間に会った、幼い顔をした美少年だったからだ。


(ええええー。皇帝って、子供だったの? 残虐非道で冷酷無比の氷王は?)



 ***



「皇帝は十四歳なんですって!」

 宴から数日後、小鈴シャオリンは早くも侍女と仲良くなり情報を仕入れてきた。


(十四歳だから、わたしより九つ年下ってことよね……)


 皇帝が少年だったことに驚いた。


(若き皇帝からしたら、年の離れた姉みたいなものか……。異母弟の汀州ていしゅうって、何歳だったかな)


 二週間ほど経ち、凛風は落ち着きを取り戻しつつあった。


 そして少しずつだが、宮女長の梓晴ズーチンとも仲良くなってきた。しかし、あることに気がついた。そう――妃嬪を見かけないのだ。


 燿国を発つ前、緋国の妃嬪は数多いると聞いていた。だから普通は後宮でお茶会やら儀式などで会ったりするのだが、全くと言っていい程、妃嬪の声が聞こえない。派閥争いだってあるはず。大国出身のわたしを陥れようとする悪妃だっているだろう。毒を盛ろうとする刺客だっているのかもしれない。早く情報を知っておきたいと思っていたのに、だ。


(まさか、あんな無垢な顔をしていても、妃嬪を亡き者に……?)


 そのかわりに、なぜか城から子供や赤子達の甲高い声が響く。


(まさか、あんな無垢な顔をしていても、子供を産んだら妃嬪を亡き者に……?)


 心臓が波打つ。凛風はますます悪い方向に考えるようになって胃が痛くなる。そんな時、宮女長の梓晴がやってきて深々とこうべを垂れ拱手した。


「凛風さまにお願いがあって参りました」



 ***



 凛風リンファの住む風月宮はせんと呼ばれる石を主原料にした煉瓦レンガだ。黒灰色の建物で、燿国出身の凛風を気遣い、中に入ると龍と鳳凰の絵が飾られていた。


 平地で建てられた燿国の後宮と違い、ここは砂漠の国だ。砂に埋もれないよう丘陵に城を築いたのでなだらかな勾配がある。階段を下りると、石畳の広めのバルコニーがあった。階段をさらに下りると、広場になっていて木々が植えてあり、三歳くらいの子供達が走り回っていた。


「こちらにどうぞ」

「はい」

「どう思いますか……」

「どう、とは?」


 少し逡巡してから、梓晴ズーチンはいった。


「実は、この子供達は凛風さまのように嫁いできた公主たちなのです。皇帝陛下の妃候補でございます」

「……は。え? そうなの⁉」


 凛風は驚いて梓晴を二度見した。

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