第5話 十四歳の皇帝

「きゃっきゃっきゃ!」

「ままごと遊びしゅるよ~!」

「しゅるしゅるぅ~」

「んぎゃああああ」


 十数人、石畳の広場で侍女に見守られ遊ぶ幼女たち。もとい公主たち。


「陛下の、ですか……。一体どうしてこんなに幼いの?」

「えっと、それは――」

 梓晴ズーチンは子どもをあやしながら凛風リンファを見る。


「余から説明する。城を案内したいし」


 頭上から声がするので、上を向くと若き皇帝陛下が石垣の上に乗っていた。

「陛下!」

 今日もはじめて会った時のような使用人の服を着ている。

「危ないじゃないですか‼ ケガしますよー」

 凛風は慌てて声をかけるが


「平気だよ」

 まだ華奢で身軽な身体、空に向かって跳躍すると濡羽色の艶めいた黒髪がふわりと揺れ、きれいに着地した。


 凛風が駆けつけると、陛下はいたずらっぽい表情をした。

「な、平気って言ったろ? 我が名は一般にはえん王だ、ふだん余のことは憂炎ゆうえんと呼んでくれ。これは皇命だ、凛風殿」

「分かりました――憂炎さま。ではわたくしのことは凛風とお呼びくださいませ」



 ***



 風が強いので、布で顔を覆い、城の一番高い塔に上った。興奮して憂炎ゆうえんは叫ぶ。

凛風リンファ、見て! あっちは国、その隣がよう国だよ。やっぱりそなたの国は大きいな」

「いいえ、そんな――。でも外から母国を見て、平和な街なんだってはじめて分かることがあるのですね」

「寂しくなったら、いつでもここに来るといい」


「お気遣い痛み入ります」

 凛風は拱手して頭を垂れると、憂炎は不満そうな顔になった。


「なんでよそよそしいんだよ?」

「ええ? それは、その……」

「頭を下げるなど、夫に遠慮はいらぬ」


(で、でもそんな急に無理でしょう。この国の皇帝だし、十四歳であっても、気に入らないとすぐ首をはねるって聞くし……)


 ビクビクして返答に困っていると、憂炎は

「ははぁ。さては皇帝にまつわる怖い噂話を気にしておるのか?」

「えっ? 憂炎さまはわたしの考えていることがお見通しなのですか⁉」

「顔に書いてある」

「やだ。恥ずかしいわ!」

 凛風は頬を赤らめ思わず両手で顔を覆った。


(九つも年下の陛下に、見透かされているなんて……)


「実は……。公の場じゃないし、僕でいいよね? 僕の怖い噂は国外に向けて発信したものなんだ。ああ言っておけば公主は嫁に来ないと思っていてね。そしたら幼女がやってきた。まったく。本当の姫かどうかは怪しいが……」

「……」

「もしも、年ごろの公主を嫁がせようものなら、僕が殺されてしまうからな」

「……どういうことなんですか?」


「僕の上には皇太后がいるんだ――先々帝の正妃だ。先々代の帝は僕の父。ちなみに亡き実母は側室だった」

「……」


「血生臭い話だから、凛風が驚かれるだろうからやめるけど……つまり、僕が妻を娶り、子が――特におのこが生まれれば、僕は用済みなんだ」

「どうして……」

「僕は十歳で皇帝になったが、十五歳で正式に成人とみなし、戴冠式で即位するまで、皇太后が補佐する。——という名目で事実上、この国を支配している。僕の前の皇帝は十五になる前に病死している。この国には皇太后に逆らう者は一人もいない」


「………何故わたしにその話を……?」


「別に僕の命くらい、たいしたものではないが、皇太后が好き勝手して周りを困らせていて、金遣いも荒くて、まつりごともめちゃくちゃで財政難……。だからこの国を立て直したい。そのために凛風の力を借りたいんだ」


(自分の命がたいしたことないなんて……どうしてそんな言葉が出るの?)


 まだ十四歳にもかかわらず、憂炎は大人びていた――寂しげな影が目に宿る。暗い闇を抱えた表情をして、今にも消えてしまいそうな儚げな炎のよう。


(憂炎さまは幼少期から、周囲に恵まれず、大人にならざるを得なかったのか)


 凛風はチクリと胸が痛んだ。


 (わたしに出来る事って何だろう……。今まで必要とされてこなかったから戸惑うけど、憂炎さまの力になりたい)


 凛風に心の火が灯った。

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