どこかの話

 岩の宮殿で見つけた行灯ランプを、アラジンがこすったところ、煙が立って人影が現れた。


「……猿?」

「敬って孫行者と呼べ」


 木の葉のように軽く舞い、身体の大きさも自由に変えるランプの精らしきものは、しかしどう見ても裏山でよくケンカしてる猿のようだったが、人語を話し服を着て、頭には金の輪が煌めいている。


「あんたは」

「アラジン。ぶらぶらしてたら、叔父さんって名乗る怪しいおっさんからこのランプを持ってくるよう言われて……」

「働けとは言わんが、サギには合うなよ」

「会ったのはサルだよね!」


 はあ、と猿-孫悟空は人間くさい溜め息を吐いた。


「大体場面設定間違ってるだろ、ここは中国だ」

「いや原作通りだよ? 僕はチャイニーズ(漢人)だ」


 悟空は金睛眼をすがめてしげしげとアラジンを見た。


「ムーランとあんたが同じチャイニーズって、ディ○ニー映画のキャラクターデザインどうなってんだ」

「まあ仕方ないよね。『アラジンと魔法のランプ』は千夜一夜物語の一部だからさ。どうしても“アラビア風”にされちゃうんだ」


 肩を竦めるアラジンに、悟空はふん、と鼻を鳴らした。


「どちらにしろ、9世紀に成立した千夜一夜に、唐の実際の様子なんて分からないか」

「それは違うぞ、悟空」


 穏やかに厳かな声がしたかと思いきや、アラジンの傍らにもう一人進み出た。


「あれ、お師匠さま、戻ってらしたんですか」


 悟空は視線を泳がせて白々しく言う。師匠という割に態度に問題があるんじゃないかとアラジンは思ったが、白い僧衣の人物は微笑みを崩さずに悟空の手を取った。


「お前の言った通りだよ、やはり彼も妖怪だった……」

「騙されて捕まるたび、食われそうになるたび、貞操の危機にさらされるたび、助けなきゃならないこっちの身にもなって下さい」

「お師匠っていうよりヒロイン位置だね」


 アラジンが横から出した口に、三蔵の優美な笑顔が引きつった。しかし悟空は慣れっこというように話し続ける。


「玉兎に月へ連れていかれそうになるし、子母河の水を飲んで身籠ったくらいだからな。原作が一番怖いぞ」

「獣人BLオメガバース……? 『西遊記』っていつできたんだっけ?」

「長編になったのは16世紀くらいだ。人類の妄想って変わらんのだな」


 下校途中の高校生のように駄弁るアラジンと悟空を眺め、三蔵は重々しく口を開いた。


「『アラジンと魔法のランプ』は千夜一夜物語のうちのエピソードとしてヨーロッパに紹介されたが、実際は後世に付け加えられたものだ。18世紀初頭にルイ十四世に仕えていたアントワーヌ・ガランがな……」

「ホント好きものだよな、太陽王。ペローの童話集もその頃だったはず」

「よく知ってるね、孫行者」

「トゥーランドットからさんざん聞かされてる(注1)からな。しかしペローのあれは童話って言えるのかね。乱れすぎだろ。『青髭』は千夜一夜のシャフリアール王がモデルって説もあるんだぞ」


 輪廻転生ですね……としみじみ呟く三蔵を、悟空は『カテゴリー違ってますから』とばっさり切り捨てる。この主従どうなってるんだ、とアラジンが首を傾げたところへ、別の人影が通りかかった。


「すんません、ここどこですか」


 うわっ、鳥人間!アラジンが跳び上がる。顔と腕は人間、身体は色とりどりの羽に覆われた二本足で歩く鳥に見える。


「失礼な、あっしは鳥刺しのパパゲーノです」

「モーツアルトの歌劇『魔笛』に登場するパパゲーノ君かい?どうしてこんなとこにいるの」

「タミーノの旦那に呼び出されたんですよ……旦那の国ってどっちですかね」

「天竺までなら案内できるけど」

「お師匠さまには訊かないほうがいいぞ、方向音痴の上に余計なもの誘い出すからな。タミーノって王子さまなんだろ。なんて国?」

「“日本“です」


 悟空は金睛眼を覆って呻いた。お姫さまならともかく王子さまには興味無い、とアラジンは周囲の宝の山を漁り始める。


「日本って言っときゃファンタジーなのかよ……18世紀末でもそんなもんかい」

「日本か。道昭(注1)に会いにいきたいな」

「お師匠さまは梨でも召し上がって(注2)いて下さい」

 オリエンタリズム恐るべし……。この世のありとあらゆるものが、あの世までもが物語でつながっている。人間の想像力は強く脆く果てしない。どこまでいっても異郷の地。混沌未分天地乱。


(注1)トゥーランドットは同時期に編纂された千一日物語の挿話『カラフ王子と中国の王女の物語』登場人物。

(注2)道昭は玄奘三蔵の日本人弟子。

(注3)西域への旅の途中、飢えた玄奘三蔵に梨を食べさせてくれた者がいた。お師匠さまの好物は梨(と決定)


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