記憶する砂

砂漠のオアシスものが書きたいです。


***


その砂漠を三日三晩旅したところに小さなオアシス都市があるという。

私は旅隊に従って砂漠を渡っていたのだが、砂嵐で隊は散り散りになってしまい、這々ほうほうていでここへ辿り着いた。

白亜と瑪瑙色をした美しい建物、緑の鮮やかな庭園、行き交う商人たち、古風な衣服の人々。街の中央には神殿がある。

最初はその美しさに心を奪われたが、私は違和感を感じるようになった。

静かすぎる。


大通りを一つ入ったところにランプ屋があり、私はその暗い店内へと進んだ。

モザイク細工のランプたちに取り囲まれた老女は、私を見かけると、この街について教えてくれた。


この街は“記憶する砂“でできている。

昔々、まだ砂漠が砂漠でなかった頃、オアシスはある国の王宮都市であった。

王女は美しく誠実であったが、王族間の権力争いと他国の侵略により、国は滅んでしまった。

王女は灰燼に帰したこの街に臥した。

“砂“は、王女の愛したこの国の時間を再現してやることにした。

砂は、何にでも形を変えることができるのだ。


ここは生きた人の住む街ではない。

全て砂でできた幻なのだ。そして砂の記憶を何度も繰り返す。

この街ができてから、王女の生きた年月に起こったことを、何度も何度も。

切り取られた長い長い時間を何度も何度も。


ではあなたも、砂なのですか。と私は老女に尋ねた。

そう。私も砂。でも最後にあなたに伝えておきたくなった。


もうすぐ王女の遺体が全て砂になる。

記憶も全て砂になって、私と混じり合う。

そうしたら、この幻影も終わりです。

何もかも、この砂漠に沈んで消えるのです。


だけど最後に、あなたに会えたから。


オアシスの水果と古い地図、それだけを持って街を出た。

振り返って見れば、もうそこは砂ばかり。



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