やくごもり

 こちらではクリスマスが一年で最大の祝祭であるため、この時期からイベントと仕事納めまでの詰め込みでてんやわんやしてきます。少し音楽でも聞いて落ち着こう……最近の邦楽は分からないのですが、久しぶりにポルノグラフティを聞いたら、すっかり堪能してしまいました。日本で社会人をやっていた頃好きだったのです……『アゲハ蝶』とか『サウダージ』とか『オー!リバル』とかラテン系?フォークっぽい曲調?(詳しい方すみません)が素敵ですよね。それで勢いで書いてしまったのが『こうごう』でした。ちなみにネタバレですが、語り手はこの方です。書いておかないと私も忘れそうなので…… https://ja.wikipedia.org/wiki/ミイロタテハ属


 最近人間以外の生物が登場する話ばかり書いていますね!?こちらも“人外“が出て参ります。自主企画参加のために考えたのですが、私にホラーはかけないという結論であります。



『やくごもり』


 T教授に名刺を差し出すと、やあ、貴方の論説拝読していますよ、民間信仰や風習について書かれているのに、議会付き記者でらっしゃるんですね、と驚かれた。オレの専門は民俗学だ、だからが集まりやすい場所にいるのだが、その辺りを説明すると胡散臭がれるので、適当に笑って誤魔化しておく。それにしても、薬学の専門家が俺の書いたものを読んでいるとは、意外だった。

 T教授は今回、薬事法委員会へ“トウレン“と呼ばれる希少な薬草の流通・使用を禁止するよう求める請願書を提出しにきていたのである。“トウレン“は万病を治癒する効能が有ると信じられていて、闇市場で高価に取引されている、と言われている。実際に見たことは無い。それほど貴重なものなのである。


「教授は、“トウレン“をご覧になったことがあるのですよね。どのようなものなのですか」

 訊ねると、T教授は痩せた頬をどこか沈痛に歪めて微笑んだ。貴方を見ていると、N君を思い出す。いいでしょう、“トウレン“とはどのようなものかお話しします。そうしたら、貴方の新聞でも、是非、使用禁止の論説を張って戴きたい。


※※※


 N君は私の教え子で、研究熱心な青年でした。誠実で朗らかで、友人も多く、少し根を詰めすぎるところがあるが、将来有望であったのです。

 ある夏、N君は私に、彼の故郷では“トウレン“をつくっているのだと、しかし旧態依然の作法であるので、どうにかしてやり方を変えたいのだと、告げました。私は“トウレン“と耳にして、驚き、伝説の薬草をどうしても見たくなってしまったのです。私たち二人は、彼の故郷を訪れることになりました。


 彼の故郷は山間の森深く、なかなか他の村や町とは連絡を取りにくいようなところにありました。しかし村人はとても礼儀正しく、身なりからも身のこなしからも生活は豊かなように見受けられました。N君の実家に滞在させてもらったのですが、僅かな開墾地からとは到底思えない歓待をされて、失礼ですが、私は不思議に思いました。

 村に着く前、N君は私に、“トウレン“の調査に来たことを他の村人に口外しないよう言い含められました。恐らく村の生活は、“トウレン“によって支えられていたのでしょう。

 何日か経って新月の晩に、私を寝床からこっそりと呼び出したのはN君でした。更に林に分け入り、小川を越えて、辿り着いた先には、天を覆うような巨木が聳えておりました。まだ真夜中であったため、黒い影が頭上で轟々と波立つ様は恐ろしげで、私は立ち尽くしました。太い根が大蛇の如く絡み合った下に押しつぶされそうな小さなお堂のようなものが見えました。明かりが灯っていたからです。しかしそれは近づいてみれば、お堂ではなく、石牢であったのです。


「ユイジ」

 N君は懐から鍵を取り出すと、苔むした石牢の重い鉄門を開けました。彼に続いて中に入り、私は息を呑みました。蝋燭の光に浮き上がったのは、人ではありましたが、その身体のあちこちから、

「先生、これが“トウレン“の正体です。人間を肥やしに育つ木です」

 冬虫夏草という漢薬がありますが、この木は人間を養分にして育つのです。寄生された人間は、痛みも麻痺して生き続けます。精を吸われ尽くして一人が亡くなると、次の生贄を差し出すのが、この村の習わしです。

「……やあ、帰ってきたの」

 半分樹になってしまっている青年が、うっそりと目を開けて、こちらを見ました。蒼く濁って、焦点の無い瞳。私はぞっとしましたが、N君は青年の白い肌に縋って泣きました。

「先生、お願いです、ユイジを助けてやって下さい」

 もう切り離せないというのなら、僕にもこの木を植え付けて下さい。それも出来ぬというのなら、この木もろともこの村を焼いて。








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