されば彼女よ疾走せよ

 グッド・フライデーにカクヨムさんからメッセージが届いた。

 『黒歴史放出祭』は3日後が締め切りです。

 歴史どころか現在進行形なのではないだろうか。他人サマに関わることは書けないし、と忘れ去っておりましたが、今年のイースターにシ○ニー空港を訪れる機会がありまして……思い出しました!


 今から十ン年前、ウラ若き乙女だった私は、シンガポール・チャ○ギ空港からオーストラリア・シ○ニー空港へ向かうフライトで爆睡しておりました。そもそも日本での仕事を辞めて、シンガポールへ語学留学した辺りから自分大丈夫なのか、と思いますが、帰国再就職せずそのままオーストラリアへ引っ越すという暴挙に出たためです。当時は今より円も強かったし、学費もちょっとだけ安かったんです……いや残高とか見ないで下さい。


 ともあれ、シンガポールの優しい学友たちに助けてもらって申請書類を送りIE○TSという悪夢をなんとか乗り越え(それでも本科には直接進めない。どんだけなの)、住んでいたシェアハウスを引き払い、オーストラリアでの仮住まいを決め、いろいろ片付けてやっと搭乗できたのだから、眠りこけてもしょうがないと思います。ご容赦願います。


 さて、飛行機は下降態勢に入り、私はやっと目を覚まして、腕時計を見ました。

「……20分?」

 シンガポールは世界でも領土の小さな国ですが、オーストラリアは世界でも領土の大きな国です。私がオファーを貰った大学はシ○ニーではなく他の都市にあるので、国内線にトランジットすることになります。アイテナリーを見直して、私は真っ青になりました。このフライトの到着予定時刻から、国内線の出発時刻まで、20分しかありません。別の航空会社への乗り換えなので、預け荷物を引き取って、国際線ターミナルから国内線ターミナルへ移動し、チェックインし直さなくてはなりません。これだけに、20分……!?


 フライトが遅れたのだろうから、接続便の時間を変更できるか尋ねてみればよかったのですが、当時の私は海外生活初心者で、現在よりも更に英語が苦手。英語ペラペラだったらオーストラリアの大学申請にこんな苦労せんだろうが〜!! と今更ジタンダを踏んでもどうにもならず、タッチダウンでカウント開始です。シートベルト着用のサインが消えたら、同時に動き出した人並みに突進する。通して下さい、通して下さい!


 迷惑な客である。そしてシ○ニー空港はその大地のごとくとても広い。スーツケースが降ろされてくるのをイライラして待ち、震える指で検疫表を書き、国内線へのチェックインでは頭の中同様めちゃくちゃになったバックパックの中から予約のコンファーム表とパスポートを引っ張り出し、カウンタースタッフに動転してほとんどジェスチャーになっている英語でなんとか手続きしてもらう。国際線ターミナルから国内線ターミナルには連絡バスを使って移動するしかなく(当時)、搭乗ゲートはバス降車口から一番遠い端にありました。泣きっ面に蜂であります。


 おそらく直線距離にして250メートルほど。私はスーツケースを引きずって駆け出しました。人の目を気にしてなどいられない。この接続を逃したら明日からの新学期に間に合わない。全てがギリギリ、最後の一手、賽は投げられた、と思い込んでいた私は、ターミナル突端に滑り込み、搭乗受付にかじりつく。

「すみません、キャン○ラ行きXXX便の乗客なのですが《ソーリー、アイアムアパッセンジャーオブXXXトゥーキャン○ラ》」

 血相を抱えて飛び込んできた客にスタッフは驚いたろうと思いますが、もうフライトが出てしまっているのではないかと緊張のピークに達しているこちらには、そんなことを気にしている余裕などありません。しかしさすがはプロ、にっこりと微笑んで対応してくれます。

「お客さま、キャン○ラ行きXXX便の搭乗手続きはまだ始まっておりません」

 ……今何て言った?

「え? でも14時10分発ですよね」

「はい、ただいま13時15分でございます。国内線の搭乗は30分前からです」

 と、いう問答を何度か繰り返してやっと理解しました。オーストラリアのNSW州はサマータイム(デイライト・セイビング)制を導入しているので、夏の間は時計の針が1時間進んでいます。シンガポールとは3時間の時差です。私がシ○ニーに着いた頃は丁度サマータイムが終わっていたので、時差が2時間になっていたのです。腕時計だけ見ていたために、勘違いしていたのでした。やれやれ、腰が抜けた……


 と、ここまでなら笑い話で済むんですけれども。


 こともあろうに、その全力疾走中、バックパックが開いておりました。国内線チェックインから閉め忘れていたのです。何をかもを放り込んであったバックパック、そこから消えていたのはデジカメでした(時代を感じる)。慌てて来た道を戻ってみても、見つかりません。落とし物として届けられてもいません。またもや空港内でうろうろする半泣きの私。しかし次のフライトは逃せません。


 デジカメの中には思い出がいっぱい。そうやって毎度過去を見失いながら反省せず諦めもせず生きております。まるで残暑の大きな太陽にあおられて、滑走路の向こうに立つカゲロウのよう……ちょっとキレイにまとまったでしょうか、他にもいろいろしでかしているのですが、そのお話はまた後日。

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