リチャード・ナザリオについて
こちらは『いつか泡と消えるまで』の後日談、登場人物の一人リチャードについての小話です。本文から引き続いてボーイズラブです。
***
シドニーのサーキュラー・キーには国際旅客船ターミナルがある。週末の午後、そこから槙野の携帯へ電話をかけてきたのは、リックだった。レイに黙って連絡先を交換したのはまずかったかな、と槙野は思うが、リックとは一緒に飲んだこともあるし、友人と言って差し支えないだろう。
「ネットが繋がるとすぐ電話してんの、ホントうざいんだけど、あいつ」
どうやらレイとリックは船上の乗務員部屋で相室なのらしい。乗船してからずっとだよ、俺らイニシャルが一緒だから。と言われてやっと気付き、槙野は吹き出した。
「以前は客室へシケ込んでいることが多くてそんなに顔合わせなかったけれど、最近品行方正になりやがって」
「リックだって、故郷の家族や友人に電話するだろう」
あん? と意外な質問をされたようにリックは気の抜けた息を吐いた。しないよ、金の管理は母さんがしっかりしてくれてるから。あっちでも皆安心して暮らせるくらいは稼いで帰りたい。親父がいた頃は酒とギャンブルに注ぎ込んじまってたけど、今は俺も弟妹も働けるし、腕力でも負けないしな。
「って言うか、付き合ってんじゃないの」
今度は槙野が言葉に詰まった。会いにいく約束をしたし、今はよく電話でも話すけれども、自分とレイが付き合っているとか遠距離恋愛だとかの実感はイマイチ無い。じゃあ、俺にもまだチャンスは有るってこと? とリックが向こうの電話口でにやりと笑った気配がしたが、と同時にがつん、と衝撃に携帯が手元から落ちて断線してしまった。槙野が驚いて心配していると、レイからいつものアカウントにビデオ電話がかかってきた。
「どういうこと?」
怒りを隠しもしない。日本に戻ってきたばかりの時はとりすまして、子どもの頃の面影なんてこれっぽっちも無かったのに、やっぱりレイはレイだな、と怒られながら槙野は少しほっととする。画面の隅からリックが割り込んできて、レイの滑らかな頬をつねって引っ張った。
「マキノの交友関係に、お前が口出しする権利なんて無いだろうが」
「二人とも止めろって……」
目の前で
「お前がマキノを気に入っているのは、ミンジェさんに似ているからだろ」
レイの一言にリックは血の気が引いた顔で睨みつけ、胸ぐらを掴んで何か言いかけたが、震えた手を振り放すと出ていってしまった。槙野はリックの様子に気付いて、バツが悪そうに視線を彷徨わせているレイに向き合う。
「今のはレイが悪い、そうなんだろう」
「……あいつ馬鹿だから、ずっと本命に片思いなんだ」
二人で話す時は日本語になる。ミンジェさんって、俺たちの船の機関副長なんだ。リックは俺より一つ下だけどこの船には先に乗っていて、新人の頃世話になったらしい。10歳以上年上のコリアン・アメリカン。噂によると元海軍の技術兵で、いろいろあったせいか優しいけど冷静な人。リックとは正反対だ。俺はミンジェさんと時々一緒にメシを作って食べる、分かるだろ、お互いアジアの味が懐かしくなる時があるんだ。あいつ、それを俺がミンジェさんに色目使ってるって勘違いしててさ。派手に遊んでいるようで、自分に自信が無いんだよ、歳が離れているのもそうだし、プエルト・リコと韓国じゃ文化も随分違うから。言いながらレイは項垂れていく。自分も同じだったという自覚が追いついてきたのだろうか。
「俺に似てる?」
「雰囲気がね、同じ東アジア人だし」
俺に似てるのなら、ちゃんと伝えた方がいいと思うけれどな。槙野の言葉に、レイは頷いた。うん、俺が言っても聞かないけど、マキノに言われたらその気になるかもしれない。ありがと。そこでレイの休憩時間が終わってしまった。通信を終えて携帯をポケットへしまいつつ、槙野はクルーザーのデッキから、高く晴れ渡った豪州の冬空を眺めているだろう友人たちを想う。さていつ会いにいこう。
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