第2話 握手
朝日が目に当たり、朝だという事がわかった。
男たちの気配はすでにない。しばらくは安全だろう事にほっとする。
痛む身体も、少し動くようになっている。
「うう、寒い」
冷たくてかたい床に転がされていたせいで、身体はすっかりと冷え切っていた。起き上がろうとすると、足に鋭い痛みが走る。
こちらも痛い上半身を起こして足を見ると、右の太ももが青くなり腫れあがっている。
やはり折れているに違いない。
普通だったら、こんな寒い部屋で足が折れた人間をほおっておいたら死んでしまう事もあるだろう。
いくら死ににくいとは言っても、生贄以前に人間なのだ。
彼らは馬鹿なのかもしれない。
……いや、そうなんだろうな。
この状況をどうしていいかわからない、受け入れるだけの自分も含め。
ミシェラはため息をついて、腫れている部分に手を置く。
魔法陣を展開して、量に注意しながら魔力を流す。
腫れがみるみると引いていき、痛みもなくなっていく。
手を離すと、打撲跡以外の傷が綺麗になくなっていた。打撲は見た目に派手なので、なくなったら気が付かれる可能性があるのでそのままだ。
彼らは用がある時しかここには来ない。次に来るのは村の契約書類をまとめたものを取りに来る時だから一週間はあくはずだ。
しかし、警戒は大事だ。怪我が治っていることがばれれば、更に痛い目にあう可能性だってある。
まだ痛む足をかばうように、ミシェラは立ち上がった。
途端に心臓がギリギリと痛む。
怪我は魔術で治せるが、昨晩の村人の前で使ったような魔力を直で使う原始的な回復魔術の痛みは、魔術では治せない。
しばらくじっとしているしかなさそうだ。
ため息をついていつものように周囲に魔力の糸を展開して、誰かが入ったらわかるようにしておく。
念のため、窓から目視でも誰もいないことを確認する。
「えっ」
当然誰も居ないと思って見た窓の外には、見知らぬ男性が居た。
フードのあるローブを着ているが、それが遠目にも作りが良く高級である事がわかる。
明らかに村人ではない。
視線を感じたのか、男性は顔をあげこちらを見た。
よく見ようと窓にべったりと身体を預けて見ていたミシェラは、ばっちりと目があってしまった。
慌てて隠れようとするが、痛む身体は全く思うように動かなかった。
驚きに目を見開いていた彼は、そのままこちらへ近づいてくる。
魔力の糸は、彼がさっと手を振ると、そのまま消失した。
「もしかして、見えてる……?」
あっという間に目の前まで来て、更にコツコツと窓を叩かれて逃げ場がなくなってしまった。
仕方なく窓を開ける。
近くで見ると彼は、フードを目深に被っているが、青い瞳がとても印象的な整った顔をしていた。ミシェラよりは年上そうだが、二十代だろうか。
フードから見える髪色は濃い青色で、それが冷たい印象の顔とよくあっていた。
凄く綺麗な人形みたい。
肌もつるつるしていて、作り物のようだ。
思わず手を伸ばしかけて、慌てて引っ込める。
「はじめまして。魔力の糸は繊細でとても素晴らしい出来だと思う。君は魔術師なんだな」
男は綺麗な顔をくしゃっとさせて、楽しそうに聞いてくる。
こんな風にまっすぐに微笑まれたことなどないミシェラは、どうしていいかわからなくなる。
何も答えないミシェラに気を悪くした素振りもなく、はっと閃いた顔をする。
「そうだ、名前を名乗っていなかったな。大変失礼した。私はハウリー・スカイラ。これでも国から派遣されて調査をしているのだ。怪しいものではない。君の名前を聞いてもいいか?」
「……わたし、は、ミシェラです」
「ミシェラ。よろしくな小さな魔術師さん。私の事はハウリーと呼んでくれ」
そう言って微笑んで手を差し出されて、ミシェラは首を傾げた。
「……よろしく、お願いします?」
この手は何を意味しているものなのだろう。良くわからないままに手を乗せると、ぎゅっと握り込まれた。
びっくりして手を離そうとするが、離れない。
捕まってしまった、とさっと血の気が引く。
生贄になるとは思っていたけれど、こんな唐突な死は覚悟していなかった。
咄嗟にこれから来るだろう痛みに備えて目をつぶり、掴まれていない方の手で頭を守る。
「……?」
それなのに、いくら待っても衝撃は来なくて。
恐る恐る目をあけると、怒った顔のハウリーと目があった。
「どうして」
その言葉は静かな怒りに満ちていて、ミシェラは再び目をつむった。
「す……すまない。ミシェラに怒ったわけじゃないのだ。顔をあげてもらえるだろうか」
慌てたような声に、そっと目を開くと眉を下げたハウリーの困った笑みが見えた。まったく暴力とは無縁そうなその雰囲気に、驚いてしまう。
「ええと……驚いてしまって、ごめんなさい。ハウリー様」
ミシェラも謝ると、ハウリーはにこりと笑って、手をひらひらと振った。
「良かった。……もう、握手はやめておこう。怖がらせてしまったね」
「あれが、握手だったんですね」
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