第11話 溢れる気持ち
「おい! 待てよ!」
グルタの怒号が聞こえるが、ハウリーもシュシュも気にした素振りもない。ハウリーは心配そうにミシェラの頭を撫でている。
二人を追って出てきた村長とグルタに、ハウリーはぞっとする程の冷たい声で問うた。
「グリアード、君の息子は私に向かってなんて口の利き方だ。この村のものは、国の魔術師団に敬意すら持てないのだろうか」
ハウリーが人形のような瞳で二人を見ていた。
感情の見えないその顔は、驚くべき迫力があった。
彼が、大きな権力をもっているというのをはっきりと感じる。
「お前らが勝手に来たんだろ……ぐっ」
何も感じないのか追いかけて外に出て来たグルタが怒りのままに怒鳴りつける。しかし、その言葉は途中で村長に殴りつけられて止められた。
グルタは痛みよりも驚きで、呆然と自分の父親を見ている。
村長はそんな息子の様子を機にした素振りもなく頭を掴むと、膝をつかせた。そして自分も膝をつき礼をとった。
「息子が無礼を働き、申し訳ありません。当然、村のもの全員が魔術師団に敬意を持っております。田舎故礼儀が行き届いていませんでしたが、ご容赦頂けると幸いです」
村長は悔しそうな感情を隠せないままに、謝罪の言葉を連ねる。
「どういうつもりかまだ分からないから今日は許してやっていたが、自分から実践して見せるとは愚かだな」
ミシェラには何の話か分からなかったけれど、村長にはわかったらしい。
見たことがない程顔色を悪くして、今度こそ本当に謝罪を始めた。
「息子の行いは、何もわかっていなかったからです! もちろん、国の指針はわかっておりますし、逆らうつもりはありませんでした」
額を擦り付けんばかりに下げている村長の言葉を、ハウリーは一蹴した。
「ミシェラの手の傷、これはお前に突き飛ばされてできたな。更に腹も蹴ったのを見た。頬だけはお前の息子に打たれたものだが、お前の言い分はお前の息子の悪事に対し、正当な話だっただろうか」
ゆっくりと告げられる言葉に、重い空気になる。
誰もが全く動けない中、ハウリーは鷹揚にため息をついて見せた。
「なんで誰も答えてくれないんだろうな、シュシュ」
「師団長が悪人面だからか、言い逃れようがない悪人のどちらかではないでしょうか」
「私は、顔は褒められるぐらいだ。やはり悪人が居るんだな」
ハウリーは頷いて、そのまま村長の肩を踏みつけた。
いつもあんなに偉そうにしている彼が、震えながらただ痛みに耐え這いつくばっている。
ミシェラはその現実感のない光景を呆然と見つめるばかりだ。
「何か申し開きはあるか」
「……魔術師団長様、あの、ひとつよろしいでしょうか」
「なんだ。言ってみよ」
「……白い髪の子供は、村でも重要な要素なのです。国の指針に逆らうつもりはありませんでしたが、伝統の儀式がありそれには白い髪の子供が必要なのです」
「それは先程聞いた。記録によると、この村で長年白い髪の子供は生まれていないはずだが。それとも儀式によって死んだのか?」
「そ……そんなはずはありません! 白い髪の子供は、森に居る竜神様を鎮める儀式の為にいます。竜神様が起きるのに合わせ、白い子供が産まれるのです。もうずっとありませんでした……!」
ハウリーの冷たい口調にもめげずに、村長が必死に言い募る。
「私が彼女を見たいと言った。その意味は当然分かっていると思っていたが」
「……ここでは! 長年受け継がれてきた神事があるんです。それには白い髪の子供が必要なのです。信仰というのは、大変なものなのです。お許しください」
ハウリーは村長の肩を踏みつけていた足を上げ、今度こそ村長を蹴りあげた。
「ならば、より大事にするべきだったのではないか? 先程も彼女にためらいなく暴力をふるっていたのを見た。生きていれば生贄としては十分だ、そう言っていたのを私が聞いていなかったと思っているとは、本当に愚かだ」
倒れた衝撃よりも、その言葉に村長は青くなった。ガタガタと震えている。
そんな情けない姿の自分の父親と圧倒的な強者のハウリーを見て、グルタもやっと立場に気が付いたのか震えている。
ただ地面に手をつき、事の成り行きを見上げる事しかできない。
「村人をつかまえて聞いたが、魔力を上げるためにと、日常的な暴力があったと」
「だっ、誰がそんな事を……」
「知らないかもしれないが、魔術とはそういう事も可能だ。その者は話したという記憶すら残っていないだろう。ともかく彼女はもう連れていこう。こんな所に少しでもいさせたら害でしかない。……ミシェラはこれ以上ここの空気を吸わないように息を止めていた方がいいかもしれないな」
「それだと死んじゃいます……」
最後だけにっこりとミシェラに微笑んだけれど、落差が恐い。どういう状況だか、全く頭が追い付いていない。
「……ミシェラ、お前はどうしたいのだ」
真剣な顔で、まっすぐにハウリーはミシェラを見つめた。
ミシェラは自分の気持ちを聞かれたことに驚いた。
自分で決断できることなんてなかったから戸惑う。
希望を言っても、いいのだろうか。
ずっと希望なんて叶わなかった。
もう、そういう気持ちを持つことすら諦めていた。
誰かに気持ちを話すことなんて、求められたこともなかったし、ミシェラの気持ちを知りたいと思ってくれた人なんて居なかった。
ひとりで、ただ大丈夫と繰り返すだけしかできなかった。
ずっと、ひとりで生贄を待っていた。誰か、なんて来ないと思ってた。早く生贄になりたいと願っていた。
それなのに、ミシェラを守る様にまわされたこの腕に、縋り付きたくなった。
もうずっと大丈夫なんかじゃなかった。
「ミシェラ」
もう優しく一度名前を呼ばれ、ミシェラは大きな声で叫んでいた。
「痛いのも襲われるのもこわい! 生贄にも本当はなりたくないよ。ここじゃないところに行きたい!」
「……わかった」
感情と一緒に涙がぼろぼろと溢れてくる。
長年張りつめていた気持ちが、あっという間に崩れていく。
ずっと、そう思ってきた。でも、そんな事思ってもいないと思いこむしかなかったのに。
「安心しろ。任せてくれ。大丈夫だ」
自分で何度も言い聞かせて来た大丈夫という言葉が、本当の安心感と共に耳に響いた。
体温が、ミシェラを撫でる手が、その言葉が本当だと信じさせてくれる。
「ハウリー様……」
「明日、最後の打ち合わせをしよう」
ミシェラを抱えたまま、ハウリーはこれ以上は無駄だというように、村長とグルタに背を向けた。
二人は何も言う事が出来ず、ただそのまま地面に手をつきうなだれていた。
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