第16話 魔術師団の館
「今日はここに泊まる事になる。ここはこのファライの街にある魔術師団の館で、管理は別の師団が請け負っている。ここに城に繋がる転移陣があるのだ。城に入る許可が下りるまではここに宿泊する。数日だとは思うが」
馬車が泊まったのは、村とは比べ物にならないほど栄えた街の中にある、とても綺麗な建物の前だった。
馬車から降りた途端、村とは別世界の光景が広がっていて、圧倒される。
建物の前には、整列した十人ほどの人が並んでいた。彼らはハウリーを見ると、一様に礼をとった。それにハウリーは軽く手をあげるだけで応える
どの人も村長よりもきれいなかっちりとした服を着ている。
本で見た、軍服に似ている。
その中で、一人村長よりも年上そうな髭の男性が、笑みを浮かべて手を広げた。
「いらっしゃいませ、ハウリー第五師団長殿」
「フィラッセ第二師団長。魔術鳥で伝えたとおり今日は取り急ぎ私とこの子はここで泊まり、許可が下り次第城に戻る。よろしく頼む」
「もちろん、異論があるはずもございません」
「食事は部屋に用意してくれ。急で悪かった」
「かしこまりました。……館のすべては、スカイラ師団長のものみたいなものですから」
そういってフィラッセは頭を下げたが、その態度はとてもハウリーに好意的ではないことがミシェラにもわかった。
表面上はにこやかなのに、目が笑っていない。
他の団員も、ハウリーを見る目は、何故か怯えを含んでいるように見えた。
ここの人とは仲が悪いのかもしれない。
そう思ったミシェラに、遠くから声が聞こえた。
「化け物が化け物を連れて来たな」
「ああ、白い髪だ。……どんな強力な魔力を使うのか……恐ろしいな」
ハウリーを見上げると、気にした素振りもなく前を向いていた。
ミシェラはこういう事はすっかり慣れているが、ハウリーも慣れているのだろうか。
建物は、ミシェラはその大きさで既に圧倒されていたが、中はもっと素晴らしい造りだった。装飾品一つで村のすべてより高い可能性がある。
案内は断っていたが、ハウリーは慣れているようで迷わずに進んでいる。
厳しい顔のハウリーは何かを考えているようで、ミシェラは半ば小走りになりながらついていく。
ふわふわの絨毯を歩くと、足裏に初めて感じるやわらかさで不思議な気持ちになる。
歩くたびに少し沈むのに、とてもやわらかいのでふわふわと浮いているような気持ちになる。
感触が楽しくて、少し小走りになってしまう。
「これ、すごいですね!」
浮かれた気持ちで隣に居るハウリーに伝えると、彼は厳しい顔を解いて優しい顔になった。
「すまない。歩くの早かったよな。いつも大人しか周りに居ないから忘れていた」
「全然大丈夫です。……体力は、今はあんまりないかもしれないですけど、とっても楽しいです!」
「息が切れてるぞ」
「体力が不足しているのは否めませんね……ほぼ室内で暮らしていたので」
「そうだよな。あの環境では、体力はつかないだろう。……あそこに居ては大人の事は信じられないだろうが、子供は大人に頼っていいんだ。困ったことがあれば何でも言ってくれ。足が速すぎるとかでもいいから」
ゆっくりと歩きながら、ハウリーはミシェラの頭を撫でた。
彼はミシェラより頭二つ分ぐらい大きい。村に居る人よりも大きいので、ハウリーは背が高い方なのだろう。
しかし、大人、という言葉にミシェラは引っかかった。
「ハウリー様は何歳なんですか?」
「二十六歳だが、それがどうした」
ハウリーは背が高いからきっと気が付いていない。
ミシェラはずっと伝えようと思っていたことを口にした。
「私、もう十六歳です。もうすぐ成人なのです」
「十六だと……!」
ミシェラの言葉に、ハウリーはあからさまに驚いた顔をした。そのまま動揺した顔で、ミシェラの腕を触る。
「こんなに俺と造りが違うとは……! 十年前はこんなだった覚えがない」
「私も十年後、ハウリー様程大きくなれる気がしません」
「……というか、もう成人なのか」
呆然とした様子でハウリーが呟いた。ミシェラは、おずおずと質問した。
「もしかして、魔術師になるには遅すぎましたか?」
「……それは問題ない。子ども扱いして悪かったな」
慌ててハウリーが何故か後ろを向いた。何か距離を取られたような気がする。
もしかして。
もしかしてミシェラが子供だと思っていたから、頭を撫でたり抱き寄せたりしてくれていたのだろうか。
その事に思い当たり、言わなければよかったかも、と、ミシェラは残念に思った。
手に入れたばかりの心地よさを、自分から手放してしまった気分だ。
浮れた気持ちはどこかへ消え、ハウリーの後ろ姿を見ながらついていく。
子供でもないのにこんな風にはしゃいでしまって、嫌な気持ちになったのかもしれない。
そうしてしばらく歩くと、一つの扉の前でハウリーはぴたりと止まった。
彼は扉に手をつき、ため息をつく。
「すまない。……君が成人しているとは思わず、部屋は一部屋だ。もともとこの部屋は私が使う事しか想定していないので、ベッドも一つしかない」
「それの、何が問題なのですか?」
ハウリーの言っている意味が良くわからず、ミシェラは首を傾げた。
「君はあんな目にあったばかりだろう? 警戒心は持つべきだ。しかも、成人しているのだから。……だが、この部屋しかないから我慢してもらうしかないのが恐ろしい」
言い切った後で、弱弱しく付け足した。
「ああ!」
言いたいことに思い当る。
ミシェラは笑顔で頷いた。
「問題ないです。私は床で寝られますし、このような広い場所であれば、十分距離をとることができますので、ハウリー様にご迷惑をおかけすることはありません」
ハウリーは寝ている時に自分が近くに居るのが嫌なのだろう。
安心してもらいたくて、力強く目を見る。
その彼の目が、ぱちぱちと不思議そうに瞬いて、ミシェラは慌てた。
安心が足りないようだった。
「も……申し訳ありません! 私は廊下でも外でもどこでも大丈夫なので、気にしないでください」
深く頭を下げると、ぐいっと腕を掴まれる。
「そうじゃない、違うんだ。私の言い方が悪かった。ミシェラの育ちの事を、まだ理解しきれていなかった。……この部屋を、一緒に使ってくれ」
何故かぶっきらぼうに、ハウリーはそのまま前を向いて部屋の中に入った。
どうやら部屋の中に入るのは問題なかったようだ。ほっとする。
「わぁ……」
その部屋は、とても広かった。柔らかな絨毯が部屋の中にも続いていて、調度品がどれも美しく一目で高いとわかる。
奥にはミシェラが使っていた小屋ぐらいあるのでは? と思うほどの大きなベッドがあり、横には何冊もの本が置いてあった。
ハウリーが心配しなくても、ソファがあり大きな椅子があり、そもそも床もふわふわで寝るところには困りそうもなかった。
だとしたら、何を心配していたのだろう。
疑問に思うがハウリーが難しい顔をしていたので、黙っておくことにした。
そのまま立って待っていると、テーブルセットの前にあるソファに座ったハウリーに手招きされた。
慌てて近づく。
こういう場面で走ったりすると怒られることを知っていたので、歩きつつも急ぐことが大事だ。
可及的速やかに。
ミシェラは心の中で頷いた。
そんなミシェラをハウリーはじっと見た。
「ミシェラは所作がずいぶん綺麗だな」
その疑問には、田舎出身であの環境なのに、というのが言外に含まれていた。
「有り難うございます。……そうですね。村での書類を担当していたのもあり、客人に対応することがあったのでそのおかげかもしれません」
客人との打ち合わせで、ミシェラに当然発言権はなく、必死にメモを取るばかりだった。
それでも機密事項も多かった為参加できるメンバーは限られおり、その場では綺麗な所作は必須だった。
ミシェラにも歓待の準備や会話を任されることが多々あり、失礼があった場合は、後で大変な目にあうから必死で覚えたのだ。
学んだのは村長から貰った古いマナー本らしき物からと見様見真似だったので、大変に地位が高そうであるハウリーに褒められたのは嬉しかった。
「どういう経緯で学んだかはともかく、身についているなら覚えることが減って良かった。……これから学ぶことが多いだろうから」
「私、勉強は好きなので嬉しいです」
「それは良かった。……私の指導は厳しいぞ」
大仰な態度でハウリーはにやりと笑い、ミシェラは吹き出してしまった。
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