第20話 【SIDEハウリー】無防備すぎる少女と寝れない夜
こんなふかふかな所で寝るのは初めてだとはしゃいでいたミシェラだったが、横になったらあっという間に寝てしまった。
最初はどこでも寝れると主張していたミシェラだったが、師団長として団員を床に寝かせるくらいなら自分も床に寝ると言ったら、申し訳なさそうにしながら受け入れた。
ベッドは広いので、ふたりでも問題なく距離をとって寝られる、はずだ。
すうすうと寝息を立てる彼女は、最初見た時よりもずっと年相応に見えた。
最初見た時はぼろぼろで、小さな子供だと思った。村の中でも一段汚れた子供だと。魔力を持っているなら、報告がいるなと考えた。
次に見た時には、多少綺麗になっていた。
彼女はまっすぐに一度会っただけのハウリーを助け、にこりと笑った。そんな彼女を最初の印象も相まって助けなければという使命感にかられた。
そうして今、細いだけだと思っていた手足はすらっと伸び、ドレスを着て頬を赤く染めた彼女はとても可愛い少女だった。
思わず見とれてしまうくらいに。
「スカイラ様」
ベッドに腰かけてミシェラを見ていたハウリーに、フィアレーが声をかける。ハウリーはミシェラの髪の毛をさらりと撫で、立ち上がった。
ここで話したくない。
移動した先は、真ん中に大きなテーブルが置いてあるだけの部屋だ。簡素な部屋だが、部屋自体に盗聴防止の魔法陣が施されており、魔力を流すだけで起動する。
特に機密事項があるわけではないが、ミシェラの話を誰かに聞かれたくはなかった。
「それで、今日の報告をしてくれ。なにか問題はなかっただろうか」
ハウリーは椅子の一つに座って、魔力を流す。フィアレーは扉の近くに立ったまま、頷いた。
フィアレーは近くに居なくても、自分に対して緊張しているのがわかる。魔術師の中でも突出した力を持つハウリーは多くの人にとって尊敬と畏れの対象だ。
付き合いが長くなった今でも、ふたりだけの場面は緊張を呼ぶようだ。
なるべく緊張を緩めて欲しくて、薄く微笑む。
ハウリーは気が付いていないが、この微笑みはよりハウリーの造形の綺麗さを引き立たせ、別の意味での緊張をよんでいる。
「……ミシェラ様は、身体にたくさんの怪我をしておりました」
言葉を選ぶようにゆっくりフィアレーは言った。
「そうだな。日常的に暴力を受けていたようだ」
言葉にすると、更に怒りがこみ上げてくる。見える所に大きな傷はなかったけれど、脱いだら大変なことになっていただろう。フィアレーはそれを見たのだろう。
少女につけられた生々しい傷跡は、戦いで負った傷とはまた違うはずだ。
「……それが」
フィアレーはそこで、躊躇うように目線を下げた。促すようにじっと待っていると、こちらに目線を戻し、一気に告げた。
「ミシェラ様は、身体にある怪我を、すべて一瞬で治療されました」
「なんだと!」
咄嗟に声をあげると、フィアレーがびくっとするのが見えた。息を吐き、出来るだけ優し気な声を出す。
「すまない。彼女の治癒魔術は、彼女の苦痛を呼ぶやり方なのだ。魔力がない者には想像がつきにくいだろうが……傷は癒えるが、魔力の回路がやられて、しばらく痛むはずだ」
「そんな……そうだったんですね。ミシェラ様は、私の手が荒れていると、治癒魔術を使用してくださいました。軽々しく使用人に使ってはいけないと話させていただきましたが、痛みを伴っていただなんて」
フィアレーはそっと自分の手を撫でる。ミシェラの苦痛を思っての事だろう。
短い間でずいぶん愛着がわいたのだな、と不思議に思った。
しかし、確かにそうだ。ハウリーも自分の腕を撫でた。
自分だって、短い間ですっかりミシェラの事を大事に思っている。魔力を流す原始的なやり方は、痛みも伴うが本能的な忌避感もある。
なのに、彼女はただ、傷が治ったことを喜んでいた。
まっすぐな自分の事を思うだけの視線。それをフィアレーも受けたのだろう。特にハウリーのような役職に就けば、もう、ほぼ受けることがない視線だ。
あんな風にまっすぐに心配されることも、久しぶりだった。
「いい子なのだ。……あのまま居て欲しい気もするが、部下にするなら厳しいだろうな」
魔術師団に属せば、純真なままではいられないだろう。
ハウリーは、それを残念に思った。
「そうですね。……私は魔術に詳しくはないですが、回復は非常に早かったです。それと気になる事を言っていました」
「気になる事とは?」
「外側以外は治してあるからそこまで痛くない、と」
「外側以外……。とりあえず、わかった。ありがとう」
「いえ、何かあれば、またお声がけください」
そういってフィアレーは戻っていった。
ハウリーも、先程の言葉の意味を考えながら部屋に戻り、ベッドに腰かけた。
変わらない様子で寝息を立てるミシェラは、あの村で育っていた。
魔力をドラゴンの餌としか思っていない、信仰の村。
ミシェラに回復を教えたのが誰だかはわからないが、魔力が少ないものなら多少の痛みですむのでそこまでの苦痛を知らなかった可能性も、なくはない。
だが、効率はとても悪いので、魔術を知るものだったとは思えない。
ならば、ミシェラが魔術について知ることは殆どなかっただろう。まして、特定の部分を、さらには傷が残る程度の内側とはハウリーでさえ難しい。
だが、あの家の周りにあった繊細な魔力の糸を見る限り、扱いはとても上手かった。多分、部下の誰よりも。
……そうか。
そこで、ハウリーは一つ思い当たった。
魔力を直接使う方法では、苦痛が伴う。なので、身体が治る程度の最小限のやり方を覚えた。
その想い付きは事実にとても近く思え、そして苦しい。
「……これからはいい感情だけ、与えられればいいのだが」
ため息をついて、ハウリーもベッドに横たわる。ハウリーもベッドを使わなければ、ミシェラは心を痛めるだろう。
「……おやすみ」
隣に居る存在を感じ、何故か緊張する。
まっすぐにこちらを見つめていた赤い瞳は、今は閉じられている。
白いまつ毛が下を向いていて、寝顔は起きている時よりも何故か大人っぽく見えた。
ミシェラとは逆に向いて、ハウリーはしっかりと目を瞑った。
大丈夫。何が大丈夫かわからないが、大丈夫だ。
自分に言い聞かせて、眠気が来るのを待つ。
「ううん……」
寝ぼけた声が聞こえて、ハウリーは背中に体温を感じた。
眠気はしばらく来なかった。
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