第21話 快適な朝
目覚めはとても良かった。
起きても身体はどこも痛くないし、更にふわふわな布団にくるまれていて、隣のハウリーは暖かかった。
これはもしかしたら死んだかと思うくらいの快適な目覚めに、ミシェラは元気に跳ね起きた。
ぐっすりと寝れたおかげか、傷がないせいか、ともかく体が軽い。
「おはようございます! ハウリー様」
「……おはよう」
ハウリーはすでに起きていた。しかし目覚めが悪いのか、険しい顔でベッド近くのソファでなにかを飲んでいる。
寝不足のような顔をして、ミシェラとは正反対だ。
「マッサージをしましょうか?」
「何故だ」
「目覚めが良くないのかな? と思いまして……。マッサージなら何度かやったことがあるので、下手じゃないと思います」
「魔術師になる君を、マッサージ要員にする気はない。気にしないでくれ」
「わかりました……」
カップを手にしたまま、ひらひらともう片方の手を振られ、ミシェラはしょんぼりとした。
今のままでは、役に立てそうなことがない。
「今連絡が来るのを待っているので、しばらくゆっくりしてくれ。どうせ城に戻ったら忙しいのだ。貴重な時間だぞ」
頷いたものの、ミシェラは小屋に居る時は、痛みをこらえているか、書類作成や読書をするかくらいの選択肢しかなかった。
ゆっくりという概念がよくわからない。
「ハウリー様、わたし、何をしていいのかわかりません」
「どういう事だ?」
「何をどうしたらゆっくりなのでしょうか。ハウリー様のようにお茶を飲む事ですか?」
「……自分が楽しいという事をすればいい」
「……たのしいこと。ええと、本を読む事、とか」
「今後、ミシェラがゆっくり何かしたいと思う事は見つかるだろう。今はここの本を読んでいなさい。君は細いのだからお腹がすいたらすぐに言ってくれ」
「ありがとうございます!」
これから楽しい事がたくさんある。そんな事を言ってくれるハウリーは優しい。ミシェラはハウリーが貸してくれた本を読みながら、にやにやしそうになる。
本は植物について書いてある本で、小屋には全くなかったジャンルなのでとても面白かった。
本に夢中になっていると、ノックが聞こえ、フィアレーが入ってきた。
ハウリーにさっと何かを告げて、そのまま礼をして去っていく。少し寂しい。
「ミシェラ。想定よりかなり早いが、明日の昼過ぎには入城できるようだ」
「わかりました!」
「食事をすると、転移したときに気持ちが悪くなるかもしれない。転移酔いするものは意外と多いんだ、これは慣れとかよりも体質だな。明日は朝食がなくてすまない。下手すると昼も食べられないかもしれない。連絡もきたし、今日はその分朝からゆっくりしっかり食べよう」
「えっ。寝る前に食事はしましたよ?」
「……通常であれば、朝と昼と夜に食事をするのだ」
「知らなかったです……! そんなに食事をとっていいものだったとは」
慄いていると、ハウリーがミシェラの腕を掴んだ。
「君は細すぎる。本当ならばしっかり毎食きちんと食べてもらいたい。城に着いたら食堂がある為、ちゃんとした量をちゃんとした時間に食べるように」
「わかりました。なんだかすべてが急に贅沢で、ちょっとどきどきしちゃいますね……」
ハウリーは何か言いたげにミシェラを見つめたが、結局何も言わずにそのまま立ち上がった。
「ハウリー様?」
「そうだな。今日は食べ歩きに行こう。城に行く前に君に町の姿を見せておきたい」
扉に手をかけ、ハウリーはにやりとミシェラに笑いかけた。
※※※※※
完璧な笑顔のフィアッセ師団長に見送られ、ハウリーとミシェラは屋敷の外に出た。出てすぐにもうたくさんの人がいて、ミシェラはただただ圧倒される。
「人がたくさんいて目が回りそうです」
「……ここで、もうそうなるのか。この先は人がさらに沢山いるが大丈夫だろうか」
心配そうにハウリーがミシェラの顔を覗き込み、そのあと歩いている人々に目を向けた。
「見てみろミシェラ。彼らは皆活力にあふれているだろう? この町はいいところなんだ」
微笑んで言うハウリーに、ミシェラも彼らの顔に目を向ける。
確かに彼らの目はきらきらとしていて、力強い。
ハウリーはこの街がきっと好きなんだろう。そう思うと恐怖心は和らいだ。
「本当ですね」
「彼らの元気の源である食事もおいしい。ここは市場の屋台がおいしいと評判なのだ。無理にとは言わないが、どうだろう?」
ハウリーに手を差し伸べられ、ミシェラは微笑んだ。
「ぜひ、ご一緒させてください」
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