第14話 出発の準備

「この子供は、魔術師団で身請けする事にした。膨大な魔力を持つだろうこの子を、この状況に置いておくことは出来ない。すぐに出発する」

「えっ」


 次の日、ハウリーは村長を呼び出しそう宣言した。

 ミシェラには思ってもみない言葉だった。


 慌ててハウリーを見上げたが、ハウリーはまっすぐに村長を見つめていた。

 代わりにダギーが片目を瞑って笑って見せる。


「……そうですか」


 もう逆らう気力がないようで、村長はただ頷いた。グルタは、今日は連れてこさせなかった。


 謝罪させたい気持ちはやまやまだが、ミシェラが怯えることはしたくない。彼が居ないことを伝えたら、ミシェラはほっとしたように息を吐いた。


 ハウリーはそんな彼女を守る様に、そっと肩を引き寄せた。


「私達は調査に派遣されただけだ。魔力があるこの子は引き受けるが、これ以上この村のやり方には干渉しない。……それは、ミシェラが決める事だ」

「彼女がですか……。わかりました」


 村長はあからさまに喜び、ミシェラを嘲るような視線を、一瞬見せた。


 ミシェラなんてどうにでもなる、と思っているのが丸わかりだ。

 自分でも驚くほど、その表情にカッとした。

 当の本人は、何も感じていないような顔でぼんやりと村長を見ている。


 それは、虐げられ慣れた表情だ。


 今すぐにミシェラをつらい目に合わせていた村を魔術で焼き払いたくなるが、代わりに違う言葉を吐いた。


「……私はこの子を魔術師として育てるつもりだ。魔術師が居れば戦争にはとても有利に働くという事は知っているな? それだけの力が、あるという事だ。……彼女が魔術師となるという事実を、あなたはもっと真剣に考えた方がいい」


 ハウリーの言葉はとても受け入れ難かったようで、目を見開いた男を見て少し溜飲が下がる。


「なんですと……! その子供が、魔術師に……」


 魔術師は、人数が少なくこの国では地位がとても高い。もちろん数は少ないながらも怪しげなものはいるが、国に仕えるとなれば一流の証だ。


 村長は魔力が高い子供と魔術師が結びついていなかったようだ。魔力を使って魔術まがいの回復までさせていたというのに。


 わかっていたが非常に愚かだと思う。


「彼女はあなた方を気軽に消すことができる存在になるという事だ」


 残虐な気持ちで微笑めば、村長はそこでさっと青くなった。

 自分のしてきた事を思い出しているのだろう。


 しかし、ミシェラに謝りたいとは全く思えないようで、悔しそうに下を向いてこぶしを握っている。


 全く反省のないその姿に、不快感を隠せない。


 ミシェラがもし村長への断罪を望めば、ハウリーはそれを手伝いたいと思う。


 白い髪の毛。

 呪われた子供。

 あざけりの視線。


 ミシェラの事を話していた村人たちには、全員同じような感情が見えた。


 ハウリーはこの髪の毛が示すような大量の魔力で、賞賛、羨望、そして妬みに嫉み、更には大きい力への畏れの視線を受けてきた。


 方向性は違う。

 自分はミシェラのような扱いなど、受けた事はない。


 だが、自分と関係ないところで決まってしまう世界への戸惑いはきっと同じだ。


 ミシェラの髪の毛をそっと撫でる。ミシェラは突然触れられてびくりとしたが、身体を固くしただけで何も言わなかった。


 自己主張のなさが痛ましい。


「その子供がおらず……竜神様が、村を襲った場合はどうすれば……。私は、村人にどう説明すれば……」


 それでも村長として村人が心配なのか、自分の立場への心配なのか、絞り出すような声を出す。


 この村でのドラゴンへの信仰は、もはや呪いだ。


「そうなれば、もちろん魔術師団が派遣されるだろう。今のように。私達だって仕事だ、手を抜くかもしれないなどと心配しなくてよい。……ここに来るまでには、そうだな、五日間はかかっただろうか」


 実際にはこの後転移陣を作っておくので日数はかからない。討伐は義務なので放棄する気もない。


 しかし、それを教えてやる義理もない。


「そんな……」


 村長は絶望したように、呟いた。


 勝手に絶望していればいい。

 そうハウリーは冷えた気持で思った。



 ※※※※※


「ミシェラ。私と君だけ先に、城に戻ることになる。準備をしよう」


 ハウリーから告げられても、ミシェラは急展開に頭がついていかなかった。頭の中がぐるぐるしている。


 ご飯を食べたら、あっという間にハウリーと行く事になってしまった。

 村長はもっと反対すると思っていたが、全くそんな事もなく不思議だった。


 そこまでの価値が、なかったのだろうか。


「昨日は持ってきたいものはないと言っていたが、本当に何もなくていいのか?」

「はい」


 あの小屋には、自分のものなどない。

 長年暮らしたが、何一つ自由になるものなどなかった。


 唯一地下にある大量の本とクッションには未練があるが、あれは持ち出していいものではない気がする。


 この地に執着していた、見知らぬ彼の思い出は、自分のものではない。


 ミシェラが自分のものとして大事にしていたのは服ぐらいだ。だけど、それも白いワンピースに着替える前のぼろぼろの服があるだけだ。

 着替えがないから大事にしていただけで、愛着があるわけでもない。


 そこで、ふと気が付いた。


「私、着替えは持ってこないとありませんでした」

「そういえば、昨日と同じ服だったな。着替えはどの程度あるのだ?」

「どの程度、とは……? ええと、ハウリー様と初めて会ったときに着ていた服があります」

「……あれは必要ないな。途中魔術師団の館に泊まるので、そこで準備させよう」

「はい」

「しばらく不便だろうが、我慢してくれ」


 まったく不便ではないし、むしろ普段よりも心配が少ないぐらいだが、ハウリーは申し訳なさそうにミシェラの肩を叩いた。


 本当にこの地を離れることになるのだろうか。


 ぼんやりと外を見て、何の思い入れもない事に気が付く。


 不思議な気持ちでハウリーを見上げると、彼はにこりと笑った。


「何か欲しいものがあったら、何でも言うんだ。出来る限り用意しよう」

「欲しいもの……。あの、私、本当にここを出て、いいんでしょうか……」

「何故だ。ミシェラはこの村に未練があるのか?」

「いえ……。私は大半をあの小屋で過ごしていたので、村自体そんなに詳しくありません。でも、ずっとこの村の為に死ななくちゃと思っていたから、だから……」

「ミシェラ」


 上手く言葉にできなくて迷っていると、ハウリーの鋭い声が聞こえた。


「お前はそんな風に思わなくていい。諦めなくていいんだ。……もっと怒っていい。あの時助けてと言った言葉が本当だ。理不尽な境遇を受け入れる必要はないんだ」

「ハウリー様……。わたし、わたし……」


 誰も助けてくれないと思っていた。だから、諦めるしかないと。


 でも、自分にも助けてくれる人が居て、ここから連れ出してくれる。

 この、とても優しく笑う彼が、諦める必要などないと怒るから。


 生贄以外の道があると、本当なんだと実感できる。


 ぼろぼろと流れる涙をハウリーが優しく拭ってくれ、頭を撫でてくれた。


 優しい手。


 手に入らないと思っていたものが、もう望んでいたのかすら忘れてしまったようなものが、こんな近くにある。


 ……彼の為になりたい。


 自分に何ができるかはわからないけれど、ハウリーの役に立つ人になろうと、ミシェラはそのぬくもりを感じながら決意した。


 どれぐらい時間がたったのか、頬にひやりとした感触でミシェラは顔をあげた。


「さぁ、水を飲んで。泣きたかったらいつでも胸を貸そう」

「ありがとうございます。急に泣いたりしてごめんなさい」


 目をこすり、名残惜しい体温と離れる。水を飲むと、冷たくて頭もすっきりとした。


「謝る必要などひとつもない。こんな状態だったのだ、無理もない。……転移陣の設置の最終確認をしたら、もう出よう。馬車は意外と楽しいぞ。旅行みたいなものだ」

「……馬を見るのは、初めてです」


 ときめく単語が出てきて、ミシェラもやっと、ふわりと笑った。

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