第28話 甘え
「全然できない……」
自分が思っている以上に、何もできなくて悲しくなってしまう。
ミシェラは自室のベッドに横になり、滲む涙を拭った。泣いている場合ではない。
ミシェラは手をあげ、魔法陣を展開した。
『光よ』
ミシェラが魔力を込めると、あっという間に部屋は明るくなり、上につるしてあった飾りからは強い光が反射する。
「こっちなら、こんなに簡単にできるのに」
ミシェラにとって、魔術は魔法陣を通して神に祈るものだった。
竜神さまはドラゴンだけど、神様はいるのだ。
しかし、シマラから貰った教科書には神の存在はなかった。
神に祈る気持ちで安定させていた魔法陣は、祈る相手が見つからずに安定しない。どこにどうやればいいのかさっぱりわからない。
小屋にある魔術の資料を見つけた時、ミシェラは神の導きだと思った。本当に神様は居るのだと。
死にそうな怪我で、とても痛くて、誰かに助けてほしいけど誰も思いつかない絶望。その時に現れた扉で、ミシェラは生き長らえた。
神様の力だ、と自然に思えた。
今の状況もそうだ。
きっと神様が見守ってくれている。だから、ミシェラは自然に神へ祈り魔法陣も当然のように安定していた。
でも、今のように魔術そのものを自分で起こすことについては難しい。
魔術は神様の御力を借りて起こしていると、どうしてもそう思ってしまう。自分の力で魔術を行使するところが想像できない。
何の祈りもないまま展開した薄っぺらい魔法陣は、ミシェラの気持ちを見透かしたようにすぐに霧散してしまった。
教科書に正確にしなければ試験は通らない。魔法陣は覚えられたのに、このままでは試験に通るだなんて無理だ。
自分の問題点をどうしていいかわからないが、繰り返し練習しかないのだろう。
魔術の灯りを消して、先程の教えられた魔法陣を展開し、やっぱりそれは霧散した。
トントンとノックの音がして、ドアを開けるとハウリーが立っていた。
心なしか気まずそうに、視線を泳がしている。
「一緒に、軽食でもどうかなと思って」
その言葉通り、ハウリーは飲み物とおやつらしきものが入ったバスケットを手にしていた。
突然の訪問に嬉しくなって、心も声も弾んだ。
「是非ご一緒させてください!」
「良かった。……ええと、寝るときはいつもその服なんだな」
「そうなんです! とても可愛いでしょう? とってもテンションが上がります」
今日もミシェラは膝丈のひらひらしたワンピースを着ていた。
寝るときに可愛い服を着た方がいい、とフィアレーが数着揃えてくれていたのだ。昨日は薄い緑で、今日はピンク。
可愛い服は本当にとても気持ちが上向きになる。
この可愛さを見てもらおうと、ジャンプして裾をひらひらさせた。
しかし、ハウリーはちらちらと見た後、目を覆った。そこでやっと思い出した。
また失敗だ。
「この格好ででちゃいけないんでしたね! すいません今から着替えます」
「いや、突然私がこんな時間に着たのだ。謝るべきは私の方だ。このままでいい。……他の人ではでないように」
何故か最後は渋い顔で告げられたが、とりあえず今日はこのままでいいようだ。
きれいな服を着ているというだけで素晴らしく思え、なかなか場面に対する服装まで意識がいかない。
なかなか目を合わせないハウリーの、このままでいいというのを額面通りに受け取っていいのだろうか。
迷ったが、結局正しい格好もわからなかったので諦めて部屋に招き入れる。ハウリーが持ってきたお菓子とお茶を並べ、ミシェラの分までお茶を注いでくれた。
「それで、今日の講義はどうだった?」
二人で向かい合って椅子に座ると、ハウリーは優雅な仕草でお茶を飲みながらさり気ない口調で聞いてきた。
やっぱり言わなければならないだろう。
「……今のところ、全くできていない状態です。本当に、ごめんなさい……」
謝罪の言葉を口にすると、先程は我慢できた涙が、するりと出てきてしまう。
泣いたりするのは、とてもずるい。
わかっているのに、次から次へと涙が出てきて、止めることができない。
「大丈夫だ。ミシェラ」
落ち着いた声が聞こえ、ミシェラは余計に苦しくなった。
「ごめんなさい。泣いたりしたら、良くないのはわかっているんです。……でも、でも全然わたし、できなくて。わかってるのに、わからないんです。このままじゃ、絶対無理なんです。私、ハウリー様の隣に立てるように、そう努力をするって、思ってるのに……」
弱音がどんどん出てくる。
ハウリーには弱いところもがっかりするところも見られたくないと思っているのに、何故かそういうところばかり見せてしまう。
止めたいと思っても、涙だって全然止まらない。
今までは、暴力を振るわれても、涙を見せないようにしてきたのに。
そうできたのに。
「泣くな。大丈夫だ」
ハウリーがミシェラのそばに来て、背中をなでる。優しく往復する手に、また涙が出てきた。
そいうところを見せても、ハウリーは優しくミシェラの背中を撫でるだけで、軽蔑したりしない。怒鳴ったりもしないどころか、ミシェラの意思を尊重して話を聞いてくれる。
今までの人達と違って、ミシェラをただのミシェラとして扱ってくれる。
……甘えてるんだ、私。
ハウリーの優しさに甘え切って、弱い所を吐き出している自分を自覚して、ミシェラは顔を赤くした。
恥ずかしくなって慌ててごしごしと目をこすると、その手をとられ、そっとハンカチで涙を拭われる。
「まだ、これからだ。君の将来は、これからなんだ。選択肢は無限にある。魔術師もその一つだと覚えておいて欲しい」
まっすぐに見つめられ、ミシェラはわからないままに頷いた。
私にも、選択肢があるのだろうか。
生贄としてずっと過ごしてきて、魔術師になれると連れてこられ。
ハウリーのために生きたいと思った。
……これが、私の選択なのかもしれない。
「私、これじゃなんだか普通の人よりも恵まれてます」
「ミシェラは、俺が見つけた特別な人だからいいんだ」
綺麗な顔で微笑まれて、ミシェラはどきどきとしてしまった。
これだと、まるでハウリーの特別な人みたいだ。
誤解だ、貴族的な言い回しだ、ハウリーの優しさだと浮かれそうな自分を叱咤するが、それでも嬉しくなってしまう自分を止められない。
「なんでこんなにハウリー様は優しいんですか……? 私はもしかすると、魔術の才能はないかもしれないのに」
勇気をもって、ずっと疑問に思っていたことを聞いた。現に、ハウリーの求める魔術は今のままでは使えそうもない。魔力があったところで、役立たずだ。
ミシェラの言葉に、ハウリーも首を傾げる。
「なんでだと言われると難しいが……、同じだ、と感じるんだ」
「同じ、ですか?」
「そうだ。……境遇に同情しているわけでも、ない。ただ、自分と似ていて、なのにまっすぐなお前を見ていると、嬉しいんだ」
「そう、なんですね」
本当に嬉しそうに微笑んだハウリーに、こみ上げる嬉しさを悟られないようミシェラは下を向いて必死に答えた。
それなのに。
「そうだ。……甘やかしたくなる」
甘い言葉を吐いてふっと笑ったハウリーに、今度こそミシェラはなんて答えていいかわからなくて、ごまかすようにお茶を飲んだ。
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