第30話 キラキラ
「でも……」
止まらないミシェラの涙を、ハウリーはそっと拭った。そのままミシェラをベッドに寝かせ、自分も横になった。
突然の行動にびっくりしたミシェラは、涙も忘れハウリーの顔を見た。ハウリーはいたずらっぽく笑い、上を指さす。
「あれ……きれい……」
先程も見たキラキラの天井が、カラフルに彩られている。ピンクや緑、青黄色。華やかな色がくるくると回り、輝く。初めて見る色とりどりの光に、目を奪われる。
いつでも一色の光だったのに、何故だろう。
不思議に思っていると、ハウリーが嬉しそうに笑った。
「綺麗だろう? ……これは、私が好きだったおもちゃなんだ。ミシェラも好きかもしれないと、つけておいてもらった」
「えっ。これはハウリー様のだったんですか?」
「そうだ。もう使わないのに、なぜだか捨てられなくて、ずっと持っていた。……子供のころ、嫌な事があった時、夜一人でこれを見ていた。嫌な気持ちになるときも、これを見ていると無心でいられた」
ハウリーの瞳にキラキラとした光が映りこんで、とても綺麗だ。
ミシェラも、同じように光を見た。
自分の赤い瞳にも、こんなきれいに映りこんでいるのだろうか。
確かに、この光を見ていると心が穏やかになる気がした。
「ハウリー様にも、そういう夜があったんですか?」
「……そうだな。弱いと笑わないでくれれば助かる」
「ふふふ。ハウリー様が弱いだなんて、不思議ですね」
「私は、侯爵家の三男で跡取り問題には関係がなく、さらに魔力の多さで小さなころからかなり恵まれた環境で学んできた。期待されているのを感じていたし、その分、応えてもきたと思う」
小さいころのハウリーを想像して、ミシェラはくすりと笑った。きっとかわいらしい子供だっただろう。
「ただ、魔術師として成功すればするほど、周りと距離ができることに気が付いた」
ハウリーの声が一段低くなり、ミシェラははっとした。そのミシェラに、ハウリーは優しく頷いた。
「異端の者への視線だ」
「……それは。……境遇も想いも違いますが、わかります。私も、生贄という異端者だったので……」
「そうだ、きっと同じだ。それは……そういう視線にさらされなければわからない」
「そうですね。なんだか、ハウリー様も、そうだったんだってわかってなんだか心強いです」
ミシェラは、知らず微笑んでいた。ミシェラの笑顔を見て、ハウリーはふっと息を吐いた。
「良かった。このおもちゃはこのガラスの部分に魔力を入れれば色が変わるんだ。数が多いから、意外と難しい。魔力の扱いの練習にはちょうどいいだろう」
「えっ。これってまさかの教材だったんですね」
「私の優しさと言ってくれ」
「一応、そうしておきましょう」
ミシェラは笑って、キラキラ光る魔術の灯りの部分に魔力を入れた。魔力の糸と同じように少しずつ魔力を入れていくと、ゆっくりと幻想的に変わっていく。
「ミシェラは魔力の扱いが凄い上手いよな。家の周りにも張り巡らされていた魔力の糸があまりにもいい出来で、驚いたんだ。でも、あれは罠でもなかったし、何のためにあったんだ? 維持も大変だろう」
最初に会った時の事を思い出しているのか、ハウリーは首を傾げた。
「ええっと、誰かが近づいてきたときに、きちんとしていないといけないからです」
「きちんと……。ああ、嫌な事を思い出させてしまったな」
「もう、大丈夫です。気にしないでください。……あそこから離れられたなんて今でも夢みたいな気持ちなんです。ハウリー様は、私のヒーローです」
「……そんないいものじゃないけどな。今もミシェラには苦労させているし、そんな風に泣かせてしまった」
自分の方が泣き出しそうな顔をして、ハウリーがミシェラの頬を撫でた。
もう涙は出ていなかったのに。
「大丈夫です。魔術は、努力が足りないだけです」
「前にも言ったが、ミシェラの努力はわかっている。毎日遅くまで勉強しているのも知っている。……こんな風に倒れてしまうぐらい。魔術師になるなら学園に入ってもいいし、魔術師自体に興味がなければ個人的に雇う事も、本当に考えている」
「ハウリー様にこれ以上ご迷惑はかけられません。思うようにして頂いて大丈夫です。私、あの村以外ならどこでも頑張れるような気がするんです」
「……私が、一緒に、居たいんだ」
「え……?」
言われた意味がわからなくて、ミシェラはハウリーを見つめた。
ハウリーの髪がさらりと流れ、ハウリーの瞳が、揺れる。
心臓がどきどきするのが、自分でもわかった。
じわっと汗が出てくる。
「……ミシェラのように話せる人は、案外少ないんだ」
しかし、目を伏せてミシェラからの視線から逃れるように、ハウリーは息を吐き冗談交じりの声色で言う。
ミシェラはかっと頬が赤くなるのを感じた。
何故一瞬でも、ミシェラと同じように好意から一緒に居たいと思われたと思ってしまったんだろう。
期待してしまった自分を自覚し、恥ずかしくなる。
自分こそが、ハウリーと一緒に居たいと願っているだなんて、知られたくない。負担になってしまう。
代わりに、ミシェラは魔力を明かりに込めた。
キラキラが部屋中に広がって、明暗がはっきりとし星空の中にいるようだ。
「きれいだな……」
そう呟く彼の方がよっぽど素敵だと、ミシェラは思った。口にすることはもちろんないけれど。
「本当に。夜にこのキラキラを見て寝るのが、今は楽しみです。夜空なんてゆっくり見た事なかったのに、夜空みたいで」
ハウリーはばっと起き上がり、ミシェラに手を差し伸べた。
「よし! 夜空を見に行こう。夜中の散歩も楽しいに違いない。軽食も用意しよう」
高望みはしない。
欲張らない。
でも、この人と一緒にいられる今は、とてもしあわせなのは間違いなかった。
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