概要
農業を通じて感じた事がある。
人はかくも罪深いものなのか。
そして、贖罪のための力ある言霊をお教えしましょう。
《農業系エッセイ 5600字》
《小説家になろう、にも掲載中》
おすすめレビュー
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- ★★★ Excellent!!!現代日本人が生きるということ
現代日本人が生きるということがどういうことか、農業という視点を切り口に、作者さんの持論が展開されます。
我々がどのような業を背負っているのか、その業と向かいあうということはどういうことか。業から逃れようとする人たちへの辛らつな批判も、言葉を丸めない人の文章ならではの、読む愉快があります。
農業というものが、ある意味植物による人間の搾取という視点は、近年、歴史学者の著名な著書でも語られはじめていて、農家としての作者さんの知識のアップデートの確かさが垣間見えます。読み応えがあります。
最後の結論(というか、我らの合い言葉)は、日本人として誠に同感できるものです。お勧めです。 - ★★★ Excellent!!!生物界における「人間」という「ビジネスモデル」の正体
たった1話のこの作品中には、生物界を展開する神とやらの視点における、「人間」という生物の、言うなら「ビジネスモデル」の正体が、嫌というほど描かれている。
人間と他の生物。
動植物その他すべて含めて。
その複雑な関係性は、人間というビジネスモデルの枠内で、とてつもない仕掛けをもたらし、それ故、人間という生物ビジネスモデルが成立っているのである。
もっとも、それは人間同士の間であっても、一緒やないか。
人間個人の個々のつながりばかりじゃない。
人間とやらの作り出す「組織」、究極には国家間にしても、同じではないか。
・・・ ・・・ ・・・・・・・
結局私ら人間様(皮肉付)も、他の動植物たち…続きを読む - ★★★ Excellent!!!そうなんだよ! と思わずひとりで声を上げてしまった
何とも鼻につく菜食主義者達の胡散臭さと傲慢さ。
何故そう思ってしまうのかのひとつの解がここにあります。
「原罪」という言葉の意味をちゃんと勉強し直す必要がある。
生まれた瞬間から死ぬそのときまで、誰も逃れられないからこそ「原罪」というのです。
結局、人は他の生物の命と未来を奪わずには1秒たりとも生きていられない生き物なのです。それを悔い改めたところで事態は何も変わりはしないし、救われることもない。
後悔し泣いて詫びながらそれでも食って生きる。人とはそういう生き物なのだ。今更自分の都合でそれを止めたところで、人に依存して生きる生き物たちは自力で生きる道なんて今更探せやしない。食おうが食うま…続きを読む