闇天使再来
俺は、さやが言わなかった内容が気になってしまう。
「ねえ、何を言おうとしたんだよ、さや」
「どうして気になるの?」
「あ、いや」
「ちなみにね、ネム。君が今、わたしとミーちゃんのどちらに心が揺れているかも、わかってる」
俺の鼓動はドクン! と暴れた。
「……へ、へえ、そうなんだ」
「うん」
「あの」
「なに?」
問いかけておいて、言葉に詰まる。
そもそも、何も言うことなど無かったのかもしれない。ただ、なんとなく釈明したかっただけなのかも。
それに、心を読むテレパス相手に、何を言い訳したところで……というか、この考えもリアルタイムで全て読まれて。
「うん。聞こえてるよ。ムダムダ」
「あう……」
「ねえ、ネムはさ、どんな女の子が好き?」
突然ぶっ込まれて心の準備ができていなかった。
いや、準備など無駄なのだ。この能力は、心の防護壁を全てぶち抜いて、俺の意識に浮かぶ無防備な想いを
だから、「やばい!」と思った時には時すでに遅し。さやは、俺の深層心理を口にする。
「ふむふむ。あ──……。ネム、君って、従順な女の子が好きなの? Mっ気がある子っていうか、自分の欲望のままに、めちゃくちゃにしたい
「わ、わ。ちょっとタンマ」
「でもね。体験したことないでしょ?」
「……え?」
「別にね、わたしのこともめちゃくちゃにしていいんだよ。だけど、君にもその気質はあるよね。だから、わたし、きっとネムに、別の世界を見せてあげることができると思う」
一見優しく。
しかし俺の心を
隅々に至るまで全てを握られているかのような、絶対的支配に対する逆らいがたい幸福感と快感が身体の芯から湧き出してくる。
ミーは真正面を向いてさやの前を歩いているから、俺にはさやの表情が見えていなかった。
俺は、今のさやの表情を想像する。それが余計に、心と身体をソワソワさせていく。
「この戦いを生き延びることができたら、試してみて。きっと、離れられなくなるから」
「は、はい」
この気持ちも、筒抜けだったのだろうか?
俺は、アバターのくせに股間を両手で押さえつけた。こんなところを本田と中原に気付かれたりしたら、生き恥もいいところだ。
◾️ ◾️ ◾️
「なあ、ネム。リリスは『隊長』っていうくらいやから、グリムリーパーのボスやんな?」
「え? あ、はい、そうだと思います」
「なんや『思います』って。なんで敬語?」
俺はつい、さやの影響で従順さが前面に出てしまう。
自分の気質なんて、ひょんなことから一八〇度反転してしまうものなのかもしれない。
あれ? そうだとすると、俺は一体、何が好みなのだろうか。
俺は、戦いとは全く関係のないことをつらつらと考えていた。
ミーとさやは出入口に差しかかった。そこをくぐると、ミッドナイトブルーの金属で構成されたトンネルのような通路が続く。
通路には照明灯が適切に配置されていたし、見たところ光量が不足しているような印象もない。が、床も、壁も、天井もが暗い青色の物質でできていたから、いくら照明で明るく照らしても感覚としては暗かった。
そしてどうやら、この暗い青色の物質が「ネオ・ライム」なのだ。俺たちの脳にも埋め込まれている「生ける金属」。それが、こんなにも潤沢に、壁なんかの素材として大量に使われている。
足音だけがこだまする通路の中をしばらく歩き、十数メートルはある出口の先に見えたのは、光り輝くたくさんのライト。
俺は、二人に用心するように言う。二人ともが、「ああ」とか「うん」とかいう生返事をした。
出口が近づくにつれ、見えているものが何かわかってくる。
ビルだ。それも、一棟二棟程度の数ではない。
大都会に広がる無数の超高層ビルが、そのまま移植されたかのような。
通路の出口を抜けたあたりは、広いテラスのようになっていた。ミーとさやは手すりに張り付き、まるでビルの高層階にいるかのような、大都会の壮大な夜景に絶句する。
「ねえ。ここって、地下……だったよね?」
「…………」
さやのセリフに、全員が無言だった。
もはや「夜の東京」そのままと言っていい。
そうとしか言えないほどに、ここの景色の完成度は高かった。
俺は、初めてこの施設のことを知った時のことを思い出す。
「前に、ニュースで見たんだ。ここは、世間では『ルミナ・シティ』と言われてて、海辺の砂浜まで再現されている、って。その番組では、これと同じ夜景が映されてた」
「そんなこと言っても……天井は? 星が見えるで」
「うーん……どうなんだろう。天井は、絶対にあると思うけど」
空には、天の川が見えるほどの満天の星が瞬いている。
東京の空でこれはあり得ない。だから、やはり人工的に造られたもので間違いないだろうと俺は思った。
景色を見下ろして確認した限り、俺たちが今いるテラスの高さはビルの一〇階──いや、一五階は越えるだろう。そして、俺たちの真正面にある高層ビル群は、俺たちがいる場所よりもはるかに高くそびえ立っていた。
その一番手前のビルを見上げた二人の視界の中に、キラキラと瞬く光が見える。
光の中心には、翼を上下に羽ばたかせている一人の人間が──。
まっすぐに、こちらへ向かって飛んでくる一人の人間。
その人間は輝く光の尾を引いて、多少の重力感を感じさせつつ、しかし優雅に飛行する。
ミーとさやは、そのままリリスを視界に収め、微動だにすることはなかった。
本来、リリスの能力を知っている者なら、リリスの姿を目に留めた瞬間、迷うことなく一目散に身を隠さなければならない。
なぜなら、リリスの能力は「神の代行者/エージェント」。奴は時を止めるから、不用意に近づかせれば「死あるのみ」なのだ。
ならば、それを知っていて、ミーとさやはなぜ逃げなかったのだろうか。
きっと、その美しさに魅入られたのだと思う。これまで、人がこのように美しく飛ぶところを見たことはなかっただろうから。
俺たちのいるテラスの上空へ到着し、翼の動きに合わせて光粉を撒き散らしながらゆっくりと舞い降りる。
足音を立てずにスッと着地したリリスはまるで本物の天使のようだった。舞い散る光に包まれたリリスは、透明感のある紫色の髪をフワッと浮かび上がらせ、黄金に光る瞳でこちらを見据える。
ただ一つ、リリスの
この天使は、一方の手にソードを、もう一方の手にサブマシンガンを持っているのだ。
ミーとさやが逃げなかったように、リリスもまた、不意打ちで時を止めるようなことはしなかった。
なぜ、しなかったのか?
恐らくとしか言えないが、リリスが放った言葉にその答えの片鱗が表れていると俺は思った。
リリスは、前にミーのマンションの廊下で出会った時とは異なり、輝く翼を左右いっぱいに広げてサブマシンガンをこちらへ向け、ミーとさやに宣告する。
「まとめてかかってこい、クズどもよ。偉大なるギガント・アーマーの血肉としてやる」
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