テレパス
ギガントアーマーに潜入した三人の視界映像はどれも、光沢のあるミッドナイトブルーの金属が映し出されていた。天井に走る線状の照明灯が、仲間たちの行く道を照らしている。
そのうち、ミーの映像だけが歩行速度を緩めた。
廊下が、直角に曲がっているのだ。ミーはその手前で立ち止まり、手鏡を取り出した。
曲がり角の先に、鏡をそっと出す。
鏡に映っているのは、広大な空間だった。ざっくり言って学校の体育館ほどもありそうだ。
その中央には、一人の男が立っていた。
正確に言うと、先に発見したのは男の姿ではなく、青く光る二つの輝き。
ミーは鏡から目を離し、ゼウスの通信で言葉を発する。それは独り言だったのか、それとも俺に話しかけたのか、俺にはわからなかった。
「さあ。行こかな」
「ミー」
「なに?」
「集中しろ。絶対に、生きて帰るぞ」
「…………」
「どうした?」
「生きて帰ったらさ」
「ああ」
「また、キスしてほしいな」
生きて帰れたら。
言葉にすると、なおのこと「死」を現実のものとして認識してしまう。
「……ああ」
「えっ? それって、付き合うってこと……」
「わからん!」
「だって、今さっき『ああ』って……」
「わからんっ!!!」
「ひどっ!」
「こら、ちゃんと前見ろ、前っっ!」
頭の中だけでなされた会話は、この時の俺たちにとって、肉声で出すよりも騒々しく聞こえたかもしれない。
生きることでしか奏でることのできない、もしかすると最後になるかもしれない会話。
そんな思いを抱きつつ、かわしたいつもの調子の声。俺はつい目頭が熱くなってしまった。
「なあ。ゼウスとの通信を断つ技、やってよ。リョウマが怯んだら、あたし突入するから」
「あいつ、接続してねえんじゃねえか?」
「えー。なんでわかんの?」
奴らは、結構前からゼウスでの通信をシステム管理者権限で強力に保護しているはずだ。
なのに、俺が繰り出す「意識を操る攻撃」を、これまでのところ、ゼウスとの通信を断つことでしか防げていない。
なぜなら、俺の能力「インベーダー」は、電気的に繋がるあらゆる対象を低負荷で操ることができるから。ゼウスとの接続はあくまで電気的に繋がっているための要件であり、通信の保護がどうなっていようが関係ないのだ。
ただ、俺の「エレクトロ・マスター」を喰らったリリスとリョウマは、ゼウスとの接続を断つだけでは百パーセント防げないことも把握しているはず。「それならゼウスに接続しておこう」と考えてくれれば儲けたものだ。
「そうなんか。じゃあさ、逆に言うと、あいつ今、仲間と連絡取られへんの?」
「スマホみたいなモバイル端末でも持っていなけりゃ、できないだろうな」
「超有利やんか」
「超ポジティブ思考のお前が羨ましいよ」
「まだちょっと二日酔いが残っとるからな」
「おまっ! 早く言えよ、……」
「冗談や」
生きて帰ってきたら殺してやろうと俺は誓う。
冗談抜きで、二日酔いは残っているのではなかろうか。なぜなら、俺も若干気持ち悪いからだ。やはり良い日本酒はヤバかった。
「じゃあ、どうするん」
「任せろ。俺が奴の心臓を止める」
「あのなあ。いきなりネムにそんなことさせたら、さやに何言われるかわからんわ。『あんたが弱っちいからネムが死にそうになっちゃうんだ!』って、ヒステリックに
「慌てんな、まあ聞けよ。『エレクトロ・マスター』の発動時間は短いけど、この能力は、底をつくまで一気に出し尽くさないといけないわけじゃないんだ、たぶん。だから、隙を作ることを目的として、一瞬だけ心臓を止めることは、不可能じゃない、と思う」
「うわ、頼りないぃ! 『たぶん』とか『思う』とか、それであたしに命懸けろって? 散々、考えなしに突っ込むなとか言うといて?」
「う」
ふう、とため息をつく音が聞こえる。
「心臓止めるの一瞬だけやったら、もう一粒飲なあかんようなことにならへんか?」
「大丈夫だ」
自信はなかったが、俺は言い切った。戦いに集中させてあげなければならない。俺の心配なんかさせたくなかった。
その時、脳だけでなされた会話の声とは違う、外界から発せられて聴覚を通した声が、俺たちの会話に割り込んだ。
「いるんだろ? ビビってんのか、ミーちゃんようっ!」
リョウマの声を聞いたミーは、自分の剣を視界に入れ、柄を握りしめる。
俺の頭の中にある三つのスクリーンのうち、さやの視覚映像に変化があった気がして、俺はそちらの方も確認する。
さやは立ち止まっていた。ずっと進んできた廊下の先に、大空間が現れたのだ。
「呼んどるわ。そろそろ行かんとな」
覚悟を決めたミーの声が、俺の意識を再び呼び戻す。
「本当に、まっすぐ突っ込むのか?」
「鏡で確認したリョウマの位置に向かって、目を閉じて神速で斬りにかかる」
「了解。準備ができたら言え」
「OKや。くれぐれも、全力でやったらあかんで」
「……いくぞ」
俺の本体である肉体の睡眠状態が解除されないようにするためには、例え数秒であろうと力を出し続けてはならない。だから、奴の心臓を止められるのは一瞬だ。
……たった一瞬。でも、完全に。
奴の、ありとあらゆる身体機能を一つ漏らさず停止させる!
集中し、リョウマへの敵意を研ぎ澄まし。俺はリョウマをイメージしながら全精力をこめる。
──神の名において、命ずる。
リョウマの身体を流れる電気信号を、全て止めろ!
「っっっっっっ!」
声にならないリョウマの呻きが、ミーの聴覚情報として俺の意識に流こむ。
俺は、能力を出し続けることはせず、すぐに力を解除した。これ以上続けてしまうと、経験上、極度な疲労により睡眠状態が解除されてしまうからだ。
気が付いた時には、ミーの視界映像は、映っているものがはっきりと捉えられないほどにブレていて、俺はミーとリョウマが戦っている現場状況を把握できなくなった。
靴のゴムが地面にグリップする「キュッ」という音や、タタタタタッ、と地面を蹴る音に混じって、壁に衝突したのであろう銃弾の音がいくつも鳴り響く。
ミーはとんでもない速度で天井や壁を縦横無尽に走り回りながら、視界を細めて一瞬だけ床を見たり、リョウマとは反対側だと思われる壁を見たり、視界を忙しく移動させていた。
つまり、初撃でリョウマにとどめを刺すことに、失敗したのだ。
ミーの視界映像はずっと見え続けているわけではなく、たびたび電源の落ちたテレビのように真っ暗になる時があった。きっと、リョウマの目を見てしまうリスクを考え、奴が視界に入りそうなタイミングでは、ミーは目を閉じているのだと、俺は思った。
心停止の念力が効かなかったのだろうか?
いずれにしても、こうなれば、神速でリョウマの動きを翻弄しながらうまく攻撃を当てるしかないだろう。
さやの視界がまるでボスステージのような大空間へ到達していた。
おそらく、ほぼ間違いなくここで戦闘が開始されると思った俺は、なるべくミーの方へも意識を残しながら、さやの視界映像へと注意を向けた。
◾️ ◾️ ◾️
そこに映っていたのは、一言で言えば地下神殿。
部屋は広大で薄暗かった。暗さと高さで天井は視認できず、ミッドナイトブルーの金属で造られた無数の巨大な円柱が碁盤の目のように配置されていて、柱は上空の暗闇へと吸い込まれるように消えていく。
静寂が支配する荘厳な神殿は今までの廊下とは雰囲気が異なり、ここが敵の待ち構える場所なのはほぼ間違いないだろう。
「さや。前方に、光の盾を作っておけ」
俺は、突然銃撃されてもいいように、さやにこう命じた。
野球ボールのような大きさをした光の弾は、ヒュウウン、と静かな音をたて、さやの前方を護る壁となるべく、宙に浮かんで無数に具現化されていく。
体勢を整え、廊下から広大な空間へと足を踏み入れたさやは、一歩目でまた立ち止まった。
「どうした?」
「うん……なんか、ほんの少しだけど、低反発の素材みたいな……なんていうか、足音がしないんだ、ここの床」
「くっくっく」
突如として聞こえる笑い声。
神殿全体に反響した声は、発信者の位置を悟らせなかった。
さやの視界はキョロキョロと周りを見渡す。
「何をしても無駄だ。忘れてないよなぁ? 一人の男も落とせないように、顔をぐちゃぐちゃにしてやるって」
正面へ戻したさやの視界の中、光の壁の隙間から覗く向こう側の景色に、一人の女性が映っていた。
「さやっ!」
乾いた破裂音がほとんど繋がるように連続して鳴り、不気味な静けさを破って神殿内部が人を殺す武器の音で満たされる。
光で作られた壁に黒い穴が開いたかと思うと、さやの視界に血飛沫が舞った。
さやが作り出す光のカーテンを敵の弾丸がブチ抜いたため光の壁に穴が開いたのだ、と俺が気付いたのは敵の初撃から数秒後。
しかしさやは、とっくに対処していた。黒い穴が見えたのは一瞬で、穴はすぐに修復されたのだ。
敵は、お構いなしに連射してきた。
ダダダダダダ、とまるでドリルのような音を発するサブマシンガンの銃口は、光の壁の一点突破をやめて円を描くように動き始める。
光の壁が様々な場所で虫食いのように消えて、さやを護る光のシールドに穴が開けられていく。
新たに具現化された光が瞬間的にその穴を埋めるが、破裂音とともに光の壁はまた穴が開けられていく。
破壊と再生は、目で追えないほどに速い速度で、まるで星が
敵の銃撃と、さやが具現化する光の出現速度は拮抗していた。
いくつも開いては素早く閉じる黒い穴。その向こう側に映るコマ送りのようなナキの姿は、
さやの視界映像は一切動くことなく、視界の中心はナキに合わされていた。
つまり、互いに睨み合い、立ち尽くしたまま攻防を続けているのだ。さやは、まるで自分の身体を少しばかり動かす労力さえ惜しんで集中力に変換しているかのようだった。
パパパッと瞬く光が、濃い青色をした神殿の構造物を明るく照らしだす。連射される銃声が反響音の尾を引いて、光の壁が削られる音と混ざって死の旋律を奏でていた。
「上から、蜂の巣にしてやる」
独り言のようにゼウスで呟くさや。
発した言葉から察するに、正面に作った光の壁でナキからの銃撃を防ぎ、その隙に、上空に出現させた光弾を撃ち下ろして、カタをつけようということらしい。
まっすぐナキを見据えるさやの視界には、上空に具現化させた光弾は映っていなかった。さやは、不意打ちがバレないように、あえて上空は見ないようにしていたのだ。
「よし」と、心の声を、誰にともなくゼウス上に流す。
が、さやの攻撃が開始される前にナキの銃声は止む。ナキは、また柱のかげに隠れてしまった。
「バレたの? どこか、不自然なところがあったかな……」
俺は、さやの呟きに応答しなかった。
たまたまかもしれない。
だって、ナキは銃撃に夢中になっていたはずなのだ。それに、さやが罠を張る間、ナキは上方向に視線を向けたりはしていなかった。
だが、俺は記憶の海から一つの事実をすくいあげる。
こいつは長野で中原と戦った時にも、中原の攻撃を楽にかわしていた。
「用心しろ。足音が聞こえないんだろ」
「ええ」
直径が二メートルくらいある巨大な円柱は、その直径と同じ二メートル程度の間隔をあけて設置されている。この場合において……
奴の行動パターン的には、どうなる?
柱の左右どちらかから出てくるのか。
それとも、さらにその先の柱に身を隠したのか。
足音が聞こえず、少しも判断できる材料がない。
「さや。全方位を、光の壁で護るんだ」
ミーと違って、さやは俺の言うことを素直に聞いてくれた。ナキの銃撃がどの方向から来てもいいように、さやは身体の周りを光のドームで覆う。
一転して、静寂が支配する巨大空間。自分の鼓動音が敵に聞こえてしまうんじゃないかと心配になってしまうほどだった。
「柱の左側から行く」
さやは決意し、巨大な柱を、左方向から回り込もうとした。
直後、ダダダっ、と連射する音。
さやの視界が一八〇度水平回転する。
穴が開いた部分の復元と再消失はまたもや複数の箇所でパパパッとフラッシュするように行われ、さやの真後ろから銃撃していたナキはすぐに姿を隠す。
中原の時もそうだった。
人並外れた速度で展開される中原の攻撃を、あれほど流れるように回避できる人間など、本来いるはずがないのに、だ。
しかも、中原が動く前にナキは動いていたのだ。さっきだって、さやは、上空に具現化させた光弾を動かしてすらいなかったのだから。
そして最も決定的なのは、波動を殺したのが誰か、見抜いたこと。
これが奴の能力で間違いない。俺は、以前抱いた予感が確信に変わるのを感じ、ズシっとしたおもりが胃の中に出現したのを自覚した。
ナキは、自信と確信に満ちた声でさやを挑発する。
「お前さ。『レッドシューター』やってんだ?」
「……だから?」
「偶然だな。なら、試してみたらいい……お前の実力が、このオレに通用するかどうか」
「あんた、このわたしのエイムから逃れられるとでも思ってんの?」
俺は、ナキと会話するさやへ、自分の思考の結果を知らせる。
「さや。悪い知らせなんだけど」
「なに?」
「おそらく、心を読まれてる」
「はあ?」
くっくっく、と。
静寂を取り戻した神殿に響く、人を小馬鹿にしたような笑い声。
クリン、クリンと赤光の渦巻く奇妙な瞳を柱の影から覗かせる。
「……まさか。本当に?」
「そうだよ、無能なボインちゃん。『心眼/テレパス』。それが、オレの能力名さ」
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