愛ゆえの殺意

 俺が先に目を向けたのは、さやの視覚映像だ。


 さっき注意を向けた時には激しく動いていたが、今現在、映像はピタリと止まっている。戦闘の邪魔になってはいけないと思ったが、俺は、さやに声をかけた。


「さや。戦況は?」

「ネム! もう、全然話しかけてくれないから、どうしたのかと思ってた」

「ごめん! こっちも敵と遭遇して。でも、いったん小康状態なんだ」

「そんなんだ。強い奴だった?」

「まゆを見つけた」


 さやは慌てふためいた。


「ほっ、ほっ、本当にっ!??」

「えっ、ああ、うん、本当だよ。周り見て、周り!」


 俺は、久しぶりにさやと会話した気がした。

 声とは不思議なもので、さやの聞くだけで、俺は気持ちが上向いた。

 

 ちょうどその時、さやとの会話に割り込んでくる「音」が聞こえた。

 警戒すべき異音が、束の間の会話をすぐに中断させる。まるで鳥が木をつつくような音だ。


 そう……それはナキの声。「くっくっく」と、どこからともなく聞こえるナキの笑い声。

 

 俺は、さやの聴覚情報を得るにあたり、まるで自分がさやと同じ場所にいるかのような臨場感で、さやが聞いている音を取得することができる。

 それでも、ナキがいる方向はわからなかった。神殿のような周囲の構造物が、音を反射し敵の位置を知らせない。

  

「……ネムとかいう男と喋ってんなぁ。彼氏かよ? 命懸けの戦場に、彼氏連れで来やがったのか。良いご身分だよなあ、モテるお嬢様はよ。取っ替え引っ替えできる奴は気楽でいいよなぁ」


 常にさやの心を読んでいるナキは、さやの通信相手である俺の存在に気付いたらしい。

 

「くっくっ……うっとうしいか?」

「心を読まれるってのも、説明する手間が省けて案外いいのかもね」

「余裕をぶっこいてられんのも今のうちだ。オレが、すぐに、お前の顔をぐちゃぐちゃにしてやるから」

「ふっ……あんたなんかに、やられない」


 じっとして、ナキの挙動に耳を澄ます。お互いがどこにいるかわからない状態なら、少しくらいは偶然こちらが先に敵を発見してもいいところ。


 だが──。

 

 現実として、足音よりも、身体を動かす音よりも、さやが反応するよりも、先に聞こえるのは常にナキの銃声だった。


 乾いた破裂音にさやの視界はブレる。


 撃ってくるのは真後ろからとは限らない。

 今回は真横だった。不意を突かれて、さやは反応が遅れる。

 

 それを前提としたさやのバリア。最初の頃とは違って、さやは銃撃を光の壁で受けると同時に別の光弾で反撃し、ナキの攻撃ターンを最小限の時間に食い止めていた。

 俺は感心して、さやに話しかける。


「いい感じに対応してるね!」

「うん、慣れてきたんだ! このままワンパターンを続けてくれたらいいんだけど……あ、しまった」


 不用意に俺が話しかけたせいで、つい本音が出てしまったさや。この会話内容はきっとナキに読まれただろう。

 予想の通り、不快極まりないと言った感じのナキの声が。


「このクズが……調子に乗っていられるのも今のうちだ。お前らは、絶対に、許さない」


 コン、コン、と金属同士が衝突する小さな音がする。

 その音はいくつか連続で鳴り、さやは音のするほうを向いた。

 

 どうやらそれは、何かが転がってくる音。

 すぐさま視界に映る、小さなパイナップルのような形をした暗い色の金属体。

 

「逃げろっ、さやっ、」

「ひっ……」


 円柱のかげに身を隠すのと、爆裂音はほとんど同時。

 柱を背にしたさやの両サイドを、猛烈な勢いで爆風が進んでいく。

 煙はすぐにさやの周りを取り巻き、視界はほとんど無くなった。

 

「まずいな」

「うん……全然見えない」

「さや、バリアを絶やすな」

「おっけぃ」


 腹に響く連射の音が、無視界の中で反響する。

 目の前にある光の壁が、明るさを増していく。さやはバリアを強化したようだった。

 

「あっ……っっっ!」


 不意に聞こえる呻き声。

 間違いなく、さやの出した声だ。


「どうした!」

「っっっっ……」


 視界は床スレスレで横向きになり、ふくらはぎのあたりを両手で押さえる映像が見える。

 手の隙間からは濃い色の赤い液体が流れ落ち、さやは悶絶していた。


 時間とともに、周囲を取り巻く煙幕が引いていく。

 やがて、煙の向こうに、人影が見え始めた。

 そこにいたのは、サブマシンガンを片手で構えたナキ。銃口は、まっすぐに俺を向き──つまり、さやの頭部を狙っていた。


「チェックメイト」

 

 このままでは、さやがやられる。

 俺が反撃の決心をつけようとした瞬間、ナキは声でこう言った。


「おい、寝咲ネム。このままだと、お前の女は死ぬぞ」


 俺は、ナキがさやの心を読めることを利用して、さやに言葉を飛ばしながらナキと会話する。


「……やめろ」

「お前だな。波動を殺したのは」

「……だったら何だ? お前に何の関係がある」

「そのクソ余裕ぶっこいた喋り方をやめないと、直ちにこいつを殺すぞ。お前はひざまずいて、泣きべそかきながらオレに命乞いをするんだよ! このさやかとかいう女を、どうか殺さないでくださいってなぁ!!!」


 さやの視界はナキへと固定されていた。

 ナキは、そんなさやを見下しながら、表情を曇らせていく。


「どうした? お前もだ、胸がデカいことしか能のない牛女、もっと泣き喚け。土下座してオレの靴を舐めろ! 鼻水を垂らしながら、命乞いをしろよ!!!」

 

 さやは何も反応しなかった。

 一人、ボルテージを上げていくナキ。


「なんだよ……イラつくぜ。なんなんだよその顔は! お前、立場がわかってんのか?? 死ぬんだよお前は、今ここで!!!」


 さやは、どういう顔をしていたのだろう。

 睨みつけたのだろうか?

 それ以外に、俺は想像がつかなかった。


「あなた、最初から、わたしたちのこと恨んでた。どうしてなの?」


 感情の抑揚がない、静かな声で言うさや。

 さやの目を借りて奴をじっと観察する俺は、ナキの変化に気付いた。


 呼吸が早くなっていく。

 まぶたがピリッと動き、怒りに耐えているのがわかる。

 銃を持っていないほうの拳が、強く握り込まれていく。

 かすれ、震える声でナキはさやへ言葉を絞り出した。


「波動の仇さ。あいつを殺したのは、寝咲……お前だろ。お前は……お前だけは。寝咲、お前の目の前で、お前の女を殺してやる。絶対に……絶対に、だ!!!」


 俺は、波動のことを思い出す。

 尋常ではないくらいにしぶとく、イカれていて、強かった。

 中原とミーは、もう少しでまとめて殺されるところだったのだ。

 

 仲間を殺された恨み。


 きっと、そういうことだろう。

 だが、俺たちだって、自分たちの命を護るために、必死で抵抗したんだ。

 奴はいきなり襲ってきた。自業自得とはこのことだ。

 俺たちは、何も悪くない。後ろめたいことなど、何もないんだ!


「仲間の敵討ち……だな」

「仲間……?」


 みるみるうちに、ナキの目に涙が溜まっていく。

 涙はすぐに溢れ出し、頬を伝って床に落ちる。

 手に持ったサブマシンガンは、震えて照準が定まっていない。

 

 震える唇で、ナキは言った。


「夫だよ。ナガレは、オレの」


 瞳に溢れたのは、愛ゆえの殺意。

 ようやく見つけた、そして追い詰めたであろう夫の仇を目の前にして、ナキは大粒の涙を流しながら、笑顔を作った。

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