衝動

 雨で全ての現場作業がストップし、外回りをする必要なくなったおかげで夜七時に仕事が終わるという類稀なるラッキーデー。

 が、中原やミーとはなんとなく気まずくなってしまって、俺たちはビリヤードへ行くこともなく、飲みに行くこともなく家へ帰った。

 

 家に着き、1Kの狭い部屋の、色々置かれてさらに狭くなった床にドカッと座って、もはや儀式的にタバコへ火をつける。いつものルーティーンを始めるため、俺はゼウスを使って頭の中でインターネットに接続した。それにより、俺の頭の中には例の映画館が出現し、そこに設置された巨大スクリーンにはウェブブラウザのメイン画面が映し出されていた。


「いつものルーティーン」とは、夜遅くに仕事を終えて帰ってきてから実行する、この厳しい日常を乗り切るための、短い短い自由時間の活用方法のことであり。


 それはつまり……

 

 1 タバコを吸う

 2 エロ動画の閲覧と有効活用

 3 お気に入りのアニメ鑑賞

 4 様々な動画の閲覧

 5 エロ動画の閲覧と有効活用

 6 音楽鑑賞

 

 ってとこか。


 ミーの指摘どおり、無意識のうち愛原さん似を探している自分に気付き、何やら癪に触って俺は眉間にシワを寄せてしまった。


 ふと、ミーの顔が思い浮かび、なんとなく胃におもりがのった気分になる。


 あいつのあんな顔、初めて見た。

 もしかして、泣いてたりしないだろうな……。


 大体あいつは散々俺のことを積極的にディスってくるくせに、自分が言われると防御力弱めだ。これじゃ俺ばっか言われっぱなしになってしまうし、ストレスが溜まって仕方がない!


 でも、仕事ではいつも俺のことを助けてくれる。助けてくれなかったら、俺はもっとストレスにまみれていたのかも。


 …………。


 気を取り直して動画を検索する。

 ゼウスを使って動画検索したことにより、俺の要求どおり愛原さん似の女優は「思うだけ」で一撃で見つかった。

 

 どうしてこんなに虜になっちゃうのだろうか。

 ちょっと顔が可愛いだけなのに。それに、ちょっと乳がデカいだけで、ちょっと腰がキュッと、ちょっとお尻が…… 


 気がつくと、いつものように愛原さんのことを夢想していた。


 今まで、遠くから見ていただけの彼女。

 でも、今の俺は違う! 彼女の、本物の裸体を視認している!


 それによって、俺の妄想力は猛烈にリアルさを増していた。彼女の柔らかそうな身体の曲線を意識の中で完全再現することなど、もはや造作もなくなってしまったという……。

 よってこの日は、せっかく検索したものの、全くエロ動画を必要としなかった。


 次はゴロゴロしながらゼウスを使って気に入った動画エロじゃないやつを検索し、BGM的感覚で垂れ流す。今日の俺の癒しルーティーンは、アニメ抜きバージョン。


 動画の時間を終え、次は音楽を聴きながらベッドで仰向けになる。

 安物のシーリングライトしか見えない天井を見上げ、いつもいつも同じことの繰り返しの毎日に嫌気がさしながら、俺は深くため息をつく。


 仕事ができないせいで時間に追われ、帰ってきては寝て、すぐにまた仕事に行く。

 こんなことになるのは、やっぱり俺がバカだからなのか。

 高田が言うように、俺がクズなのか。


「楽しい」という気持ちは、高卒で就職した時から忘れてしまっているように思う。


 努力すれば、愛原さんと付き合えるか? 

 否、だ。才能がものを言う。


 ルックスもさることながら……


 女の子を惹きつける話術も。

 人に好かれる性格も。

 相手のことを思いやる、大事なことに気付ける感性も。


 全て、俺が望んで望んで、ずっと手に入らなかったものだ。だから、俺が彼女と付き合うことなんてできやしない。


 あんな美人と付き合えれば、俺の人生はきっと変わる。

 幸せに決まってるんだ。愛し、愛されて、あんなことや、こんなことだって……。


 愛原さんが欲しい。


 今、彼女は何をしているんだろう。

 彼氏はいるのだろうか。あんな可愛い子、いないハズはないか。


 なんとかして彼女と近付きたい。


 何か方法はないのだろうか? 俺と愛原さんが近付ける、何か──

 


 俺の脳に入り込んだ人工金属。

 それが、俺に一つの閃きを与えた。



 ……そうだ! 「ゼウス」。愛原さんもこのサービスを利用していた。

 すごい共通点じゃないか! これを話題に、明日彼女に話しかけてみよう!

 いいぞ。希望が見えてきた!

 でも……でも、その前に。


 もう一度、愛原さんの、カラダが見たい……。


 こんなこと、やっちゃいけないのはわかってる。

 でも、もう一度だけ。もう一度だけ、見たい!


 

 高鳴る鼓動は理性を跳ね除け、衝動を原動力にして身体を勝手に動かしていく。

 寝ている間だけ使えるという、突然俺に与えられた特殊能力「エレクトロ・マスター」を発動するため、俺は睡眠薬を手に取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る