神の名において命ずる!
光が見え、音が聞こえ……
意識が動き始める。
ということは、俺はさっきまで意識を失っていて、今、意識を取り戻したらしい。
記憶を辿った俺は、眠気に襲われて自分の部屋で寝てしまったことを思い出す。
あれだけ眠れなかったのに、一錠飲んだだけで、しかも一分と経たない間に、沼に沈むように睡魔の波に飲まれてしまった。あの薬、相当な効力を有しているようだ。
ともかく、てっきり俺は、自分の部屋のベッドの上で目が覚めたものとばかり思っていたのだが。
今、俺は立っている。
しかも、どこかもわからぬ夜の住宅街。自分の部屋で眠りについたはずなのに、だ。
さっきから眩しいと思ったら、どうやら下から明かりに照らされているらしい。俺は、片手で光源を隠しながら目を細めてうつむいた。
その明かりの正体は、まるで蛍光灯のように光っている俺自身の身体だった。
もうろうとする意識を即座に叩き起こすため、俺は頬を両手で叩く。
叩いた両の手のひらを観察した。それから順番に、身体も、足も……。
やはり、どう認識をこねくり回しても、俺の全身が光っているのは疑いようもない。あまりにも意味がわからず、俺はキョロキョロと辺りの様子をうかがう。
この場所にいるのは、別に俺一人というわけではなかった。通行人もチラホラ見える。
だが、なぜか通行人たちは、誰一人として俺に目線を合わせない。こんなに光っているというのにだ。まるで俺のことが見えていないかのようだ。
夢……?
そんな思いに駆られた俺の意識の中に浮かぶ、暗闇に沈む住宅街とは対照的な、格式高そうな子供部屋。しかし、初めて見た時とは雰囲気が違う。
その原因は、部屋の至る所が赤く光っていることだった。
壁にある紋章は赤く光り、部屋の角も、ベッドの縁も、そこかしこが電気が灯ったように柔らかく赤色に光っているのだ。
子供部屋の中央には、さっきのノアとルナがいた。二人はじっと俺を見つめて立っている。
「お前らがいるってことは……これは、夢じゃねえのか……?」
「……その光るアバターこそ、お前のアビリティ『アストラル・プロジェクション』だ」
全身くまなく見渡すと、確かに発光するように光っている。
「このアバター、仮想空間の中だけのものじゃなかったのか?」
「本来ならそうさ。仮想空間どころか自分の肉体からも飛び出して、人間には見えないエネルギー体として現実世界を徘徊できる能力、とでもいうかな」
言われるがままに話を聞く俺へ、ノアは口元だけを動かしてニヤッとした笑顔を向ける。
「だが、お前の持つ最も強力な武器は、もう一つのやつさ」
「もう一つ……なんだっけ? 電気がどうとか……」
「電気回路の侵入者/インベーダーだ」
「ああ、その『インベーダー』。操れるんだったよな、電気回路に繋がっている機器を」
「その通りだ」
「でもよ。『俺自身が電気回路に接続する』なんて、どうやってやるんだよ。濡れた手で剥き出しの配線でも触って、ビリビリなればいいのかよ?」
ノアは顎をあげて、意味不明にドヤ顔をする。
「願ってみろ。お前が、今、一番に望むこと」
「何を言ってん……」
俺の言葉へ被せるようにルナが、
「だーかーらー、つべこべ言わずに言うこと聞けって言ってんだ、このドーテーがよー」
「あ、はあ? はあ? この前から、な、何を根拠に言ってんの? この俺が、二四年間もの人生をさみしく過ごしてきたように見える……」
「黙れドーテー」
下から見上げているにもかかわらず、精一杯アゴを上げて半目で冷ややかに俺を見下そうとするルナ。
「……なんでも願いが叶う、ってのか?」
ノアとルナは、まるで完全同期した人形のように、寸分違わず同時に口角を上げる。
どう考えても夢でしかあり得ない。ノアとルナがいるから、もしかしたら現実かもしれないと一瞬思っちゃったが、やはりこんなこと、現実であるはずがないのだ。
疑念を抱く俺は、結局「これは夢である」という結論を下した。それによって、俺の中で、今の状況の扱い方が変わったのだった。
それならそれで、夢なら夢らしく、こいつらの言う通り、楽しんでやるか。
どうせなら、気分も出して言ってやる!
よーし……
「神の名において命ずる! 同じ職場の『愛原さやか』が、今、何をしているか見せろ!」
俺は、人差し指を立てて、仰々しく言い放ってやった。
愛原さやかは、俺の大好きな女の子だ。目を閉じるだけで、彼女のことはいとも簡単に、鮮明に思い浮かべることができる。
大きい胸から、キュッと細い腰を通って、肉付きの良いお尻と太ももに至る芸術的な身体のラインは、ちょっとやそっとの服では隠しきれないほどの魅力を男どもへ発散している。
俺の心のど真ん中を射抜くキュートな顔に、セミロングで栗色の美しい髪も加わり、彼女を前にすると俺はもう目線をどこに持っていったら良いのか、いつも混乱してしまう。
「ザ・OL」みたいなうちの会社の制服が、彼女の身体のラインを強調させたまま中途半端に覆い隠すことで、よりいっそう俺の想像性をかき立てるというか、妄想力を膨らませるというか……そう、その下にあるカラダの感触も、カタチも、匂いすら。
現実として、手に入れることなどあり得ない高嶺の花。
毎日毎日、夢想するだけの幻。
叶わぬ夢を思い浮かべたことによって、大きなため息が出る。それとリンクして、俺の気分はすぐさま下降線を辿ったのだが……。
次の瞬間、劇的な変化が起こる。
ついさっきまで、俺の頭の中には、例の高貴な子供部屋しか存在しなかった。
なのに、俺が神を名乗って命じた瞬間、頭の中の別のところに、まるで映画館のような空間が突如として出現し、そこに巨大スクリーンが現れたのだ。
子供部屋と映画館は、俺の頭の中で同時並行的に存在した。
映画館は上映中のように暗く、スクリーンだけが明るく強調されている。
その巨大スクリーンに映っていたのは、俺の知らない、どこかの部屋の中の映像だ。背の低いテーブル上には化粧品がいくつか置いてあり、その向こう側にはベッドがある。
何が起こったのかわからないまま俺が映像を眺めていると、突然、愛原さんが横から現れた。
えっ?
何? どういうこと?
しかも上下スウェットって……
部屋着なのか? てことは、ここは彼女の部屋……?
えっ。脱ぐ……脱ぐのっ?
…………っ!
そんな。ちょ、あの、あの。俺、見てるんだけど……。
両手をクロスして上着の裾を持ちながら脱ごうとする彼女は、服がアゴのあたりで引っかかり、んー、と言いながら身体をくねらせる。
顔が服で覆われたまま、ブラに隠されただけの巨大な胸が、俺の目の前でプリンのように細やかに揺れる。
微動だにせず目が釘付けになる俺の前で、愛原さんは、次にスウェットパンツのウエストに指をかけた。
鼓動がうるさい。息が……。
ごくっ…………
急速に膨らんだその期待は、残念にもすぐに裏切られてしまう。
下着だけになった彼女はスウェットをその場へ脱ぎ捨て、俺が見ているスクリーンの中で、もと来た方向へスッと消えていった。
しばらくすると、シャワーが壁を打つ音が聞こえてくる。
急激にバクバクする心臓と、早く浅くなった呼吸。一瞬にして身体がホッカホカになった俺は、例の子供部屋で揃って立っているノアとルナへ、すぐさま問い詰める。
「おっ、おい! こっ、これ、これ一体なんなんだよ!」
お子様二人組は、俺の人生経験の中でも類を見ないほどに軽蔑がこもった冷たい視線で俺をザクザクと突き刺した。
「いきなり女の子の裸を覗くなんて。うわー、まじキモ。やばたんですわぁ」
とノア。
「うんこだな、ほんと。なんで『幽体離脱』なんて能力を発現したのか今判明したわ」
とルナ。
「は、はあ? なんなんだよ、まず説明しろコラ」
と、うろたえる俺。
「この映像は、あの子の部屋にあるPCのインカメ映像だよ」
「え……何を言って……」
二人はシンクロしたように、またもや揃ってニヤッとする。
ノアは、目を泳がせる俺へと言った。
「こんなのは序の口さ。ゼウス・システムに接続したすべてのものは『電気的につながっている』。わかるかい? この世のほとんどの機器やシステムとリンクするゼウスへログインしたお前は、眠っている間だけ、この世の『神』になれるのさ」
非現実的な子供部屋の様相が。
二人の色鮮やかな髪色と、四つの紅蓮にともる瞳が。
そして間近に見えたあの子のあられもない姿が。
現実と、夢の境をなくしていく。
「じゃあ、俺、毎晩、愛原さんのハダカ、見れるの……」
「だから願望がうんこだっての、もっとマシな願い、ないのか」
「うるさいなっ! 誰だって自分の女神様のことは鑑賞したいんだ!」
「単なるのぞきだろっ! このドーテーうんこっ」
「あーもーっガキのくせに! その生意気な口を閉じてさっさと消えろっ!」
こんな小さな女の子に大人気ないとは思ったが、所詮はAIだし、恥ずかしさもあって、俺はついついルナに強く当たる。
ルナは顔を真っ赤にして怒り、身体中を輝かせながら、光の粒となって足元からフワッと霧散し、消えてしまったのだった。
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