第37話 バルモアの覚悟
柴犬亭の女性従業員一~四は久々に腕を振るっていた。
ただし料理に、ではなく。
戦闘に。
「おいっ! なんなんだよ、この魔物の数ッ!」
降下してくるガーゴイルの攻撃を棍棒で弾き飛ばしながら叫ぶのは、女性従業員「一」ことヤンキー戦士のチカ。
「は~、マジくそ。くそくそくそくそっ! なんだよこの大群! シバ様のお店がぶっ壊れるだろうがっ!」
愚痴を漏らしながら、チカの弾き飛ばしたガーゴイルたちにとどめを刺して回るのは、女性従業員「二」こと性悪シーフのメロ。
「シバ様に楯突く魔物滅すべし、シバ様に楯突く魔物滅すべし……」
ブツブツと呟きながら魔法効果の込められた矢を放ちガーゴイルを撃ち落としていくのは、女性従業員「三」こと病み狩人のヤミン。
「くくく……我が闇の魔力の真髄をお見せするとしよう。喰らえ、羽虫ども。これが、シバ様の怒りの鉄槌だ。
上空に巨大な暗黒の渦を作り出してガーゴイルたちを飲み込んでいくのは、女性従業員「四」こと厨ニ魔術師のチュニル。
「にゃにゃにゃ、これキリないにゃ! 報酬がないならボク逃げてもいいにゃ? 無駄働きはごめんにゃ」
柴犬亭の屋根の上で、飛びかかってくるガーゴイルたちをヒョイヒョイと
「シロさん! お店を守ってくれたら今住んでる部屋をVIPルームにグレードアップします!」
マスターの肩に乗っかったシバタロウくんがシロに叫ぶ。
「…………」
シロの耳がぴくりと反応する。
「それに、明日からまかないにパフェも付けますから!」
ぴくぴくっ!
「乗ったにゃ! VIPルームにパフェにゃ! 絶対にゃよっ!? 明日からと言わず今日からにゃ! しんどくなるまでは頑張ってみるにゃ!」
向かってくるガーゴイルを張り切ってバンバン仕留めていくシロ。
「シバの旦那、ずいぶんとシロの扱いが上手くなりましたね……」
「だてにオーナーやってないよ! それよりマスター、あっちから向かってきてる大群はなにかな!?」
シバタロウくんの感覚共有によって、マスターにも魔物の群れの「匂い」が知覚できる。
「これは、ストームゴブリンか……? しかしなぜ、ドラゴンゴブリンとストームゴブリンが同時に……。距離的に被ることはないはずなんだが……。しかも王都にはデスゴブリン。一体何が起きて……」
「ストームゴブリンってのが向かってきてるんだね!? じゃあ、それをマッキンレーさんたちに報告に行こう! その魔物について詳しく教えて!」
「あ、ああ」
経営者としての経験が彼を成長させたのか、シバタロウくんはテキパキと指示を出していく。
「柴犬亭従業員のみんな! 元のパーティーと合流できる人は合流して! いなかったらみんなで連携してお店を守って! ただし、自分の命を最優先! それから民間の人が居たらお店の中に避難してもらうように!」
「もう私のパーティーはみんな街から出ていってるよ!」
「うちもだ!」
「にゃ。ボクのとこはユージもシアもいなくてバラバラにゃ。だから、お店を守ってパフェとVIPルームをいただくにゃ」
柴犬亭の従業員チカ、メロ、ヤミン、チュニル、そしてシロは即席で連携を組んで空から襲いかかってくるガーゴイルを上手くいなしている。
「ホール回しで培った私達のチームワークを舐めないことですね」
「くくく……あの世でシバ様の名を語り継ぐがよい……」
一見バラバラに動いてるようで、その実、絶妙に噛み合ったチームワークを発揮してる柴犬亭メンバーを残し、シバタロウくんとマスターは中央広場へと向かう。
「マッキンレーさん!」
「おお、シバタロウ殿、マスター殿、ちょうどよかった。現状は見ての通りだ。先行隊をなんとか
「はい、北から向かってきているのはドラゴンゴブリンの一団で、もうすぐ西から来るのがストームゴブリンの一団。どちらもガーゴイルが主力です。それと、柴犬亭で民間人を保護しています」
凛とした声で手早く要件を伝えるシバタロウくん。
「さすがシバタロウ殿の気配察知。それとマスター殿の知識ですな。これでかなり優位に戦いを運ぶことが出来そうだ」
マッキンレーが冒険者達に
「敵の大半はガーゴイル!
「ハッ!」
数が減ったとはいえ、戦いの最先端のこの街にいるのは、歴戦の冒険者たちだ。
彼らはすぐに己の役割を果たすために持ち場へと駆けてゆく。
彼らの表情に今までのようなお祭り気分の色は見られない。
王都壊滅。
王都を壊滅させた魔物たちとの戦い。
いつものような、自分たちが魔物を狩る立場ではない。
自分たちが、魔物に狩られる立場なのだ。
おまけに、これまでレアゴブリンを打ち砕いてきた剣聖ゴブリンは、今いない。
「防備を強化したのが功を奏したのう。かなり持ちこたえられそうじゃ。しかし……剣聖殿がおらんでは、いずれジリ貧になるのぅ」
領主バルモアが自慢のヒゲを撫でながら呟く。
隣には魔導書を携えたメイドのエミリー・ホワイトが立っている。
「私が出ますよ」
マッキンレーの目が鋭く輝く。
「ですので、領主バルモア。彼女の持っている
「フォフォフォ、こんな危険な辺境の街の領主じゃ。それなりの覚悟は出来ておるよ。なぁ、エミリー」
「はい、バルモア様」
「領主バルモア。あなたはこの街に、いや、この国にまだ必要な方だ。ここで死なせはしませんよ」
「それはお主もじゃ、マッキンレー。セレスティアが滅びたのが事実ならば、お主なしでは国を再建できまい」
「──こんな形で中央へ返り咲くなど、望んでおりませんでした」
「なんにせよ、先のことを考えるのは──ここを切り抜けてからじゃな」
「ええ、切り抜けましょうとも。これ以上、未来ある若者たちの命を散らせるわけにはいきません」
「じゃな」
◆
北からのドラゴンゴブリン、西からのストームゴブリン。
増設した防衛設備や冒険者たちの奮闘もあり、奇跡的に死者を出すことなく戦いを続けていたが、膨大な敵の数の前に──。
矢は尽き。
魔力も果て。
回復も追いつかなくなり。
戦いの
「ハァ……ハァ……! 久々の運動は流石に体に
「いやはや、老いたとはいえマッキンレー殿がここまでやるとは! さすが、一時期は新世代の勇者候補と
「ハハッ……もはやバフをかける余裕のある者もおらぬ中、ギンパ殿のお世辞はいい加護を与えてくれる」
「加護ならそれぞれの神にでも祈りましょうぞ。祈るのは
「フッ、ドワーフらしい現金な考え方だ」
互いに背中を預けるマッキンレーとギンパ。
彼らは共に人族、亜人種の中で最高ランクの実力を持っていた。
しかし、すでに互いを背中で支えあっていないと立っていることすらままならないほどに傷つき、疲弊している。
相対するはドラゴンの牙、ドラゴンの爪、ドラゴンの翼、ドラゴンの鱗を持ったゴブリン亜種最強のドラゴンゴブリン。
そして風、雨、雲、雷を自在に操るストームゴブリン。
戦況を見つめている領主バルモアは覚悟を決めた。
禁断の魔導書「
それを使い、自身が犠牲となってこの街を守ることを。
震えるエミリーの手から魔導書をもぎ取り、魔物たちの方へと向っていく。
「おい、魔物どもよ! こちらを見ろ!」
「領主バルモア! いけませんっ!」
マッキンレーが叫ぶ。
バルモアの指が魔導書を封じる紐にかかった瞬間──。
空から降りてきた人物が、その指をそっと押さえた。
「すまん、遅くなった」
剣聖ゴブリン──ガルム。
その腕には聖女シア──セレストリア王国第一王女シャルロット・セレストリア・アルテミスが抱かれていた。
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