第30話 月明かり
「なんと。では、あなたはゴブリンではないのか?」
「にゃ。ただ汚いだけの人にゃ」
「こらこら、だれが汚いだけの人だ。あ、でもオレ、ゴブリンの魔王の器は持ってるらしいんだよね」
「器を? では、あなたが私達の探していた魔王……? いや、確かに先ほど器の気配を感じはしたが……」
ああ、さっき魔王装備で空中ジャンプした時かな?
魔王専用装備って、使った時に魔力が発生して同族(オレの場合だとゴブリン)に察知されるのか。
ってことは、あれって隠れてる時なんかにうっかり使うと気づかれるってことだな。
一応、覚えておこう。
しかし、このナイソウとかいう鎧ゴブリン。
今までの鎧ゴブリンの中では、一番まともな気がする。
見た目もキザなマスターや、我の強いケイリとは違って、なんだかサラリーマンみたいな感じだし。
ただ他の二人同様、鎧は昔から受け継がれてるものらしく、薄汚れていて元の色もわからないほどにくすんでいる。
「なぁ、ここって一気に上に抜けられる場所とかあったりする? そこでオレが魔王の器を持ってるって証明したほ方が話が早そうだ」
「あ? ああ、上に抜けられる場所なら、こっちに」
ナイソウは勝手知ったる家の中のごとく、複雑に入り組んだ穴の中をするすると進んでいく。
どうやら、この穴は天然の水路らしく、ところどころ湿っている。
腰をかがめてナイソウの後ろを付いて行くと、少し開けた場所に出た。
オレとシロが立って両手を伸ばせるくらいの広さ。
ポッカリと空いた上空の穴からは月の光が差し込んできている。
月明かりに照らされたシロの毛並みがキラキラと光っている。
ごくり。
オレは思わず息を呑む。
「? なににゃ?」
「あ、いや、別になんでもない。よし、じゃあ、ちょっと二人とも掴まっててな」
内心のドギマギを隠すかのように、ナイソウとシロの腰に手を回す。
ナイソウの背は一般的なゴブリンと同じくらいの一メートル二十センチくらいだ。
シロは一メートル六十センチくらい。
なので、ちょっとバランスが難しい。
具体的にどう難しいかというと、シロの掴んではいけないところに手があたってしまいそうになる。
「にゃにゃ。今日はよくゴブリンに抱きつかれる日だにゃぁ」
それを知ってか知らずか、からかってくるシロに顔を背ける。
「だからゴブリンじゃないっつーの。舌噛まないように気をつけてろよ」
「にゃ」
せーのっ。
トンットンットトトンっ。
数度宙を蹴ると、オレたちは地表──元々渡ろうとしていた崖の向こう側に辿り着いていた。
「驚いた。これは──本当に魔王様の魔力だ」
「だろ? 一応マスターとケイリのお墨付き」
「そうか、ケイリが……」
ん? マスターはスルー?
と思ったけど、よくよく考えてみたら「マスター」って名前はオレたちが勝手に呼び始めただけだった。
きっと本名は違うんだろう。
まぁ、いい。
マスターはマスターだ。
別に気にしなくていいいだろう。
「で、なにが起こったんだ? お前たちは、オレの魔王の器を奪いに来てたんだろう?」
「ああ、それが……」
◆てん♪ てけてけてけてん♪◆
にゃにゃ。二頭身シロにゃ。
ここからは、ナイソウの話を二頭身シロがかいつまんで話すにゃ。
え~、ナイソウはこっち側のゴブリン……面倒くさいからガルムって呼ぶにゃ──ガルムを倒すために、魔王候補のシャーマンゴブリンと徒党を組んでケムラタウンに向かってきてたにゃ。
そしたら途中、人間の軍隊に待ち伏せされてて一網打尽にされたらしいにゃ。
それで一人逃げ延びたナイソウは、この穴の中で身を潜めていたところ、ボクたちと遭遇したらしいにゃ。
ちなみに、もう一隊の魔王候補軍団については何も知らないらしいにゃ。
ようするに、こいつたいしてなんも知らんにゃ。
ちなみにナイソウは七三分けにゃ。
以上、二頭身シロによるナイソウの身の上話かいつまみでしたにゃ。
◆てん♪ てけてけてけてん♪◆
「なるほど、シャーマンゴブリンをはじめナイソウの軍団は、ほぼ壊滅した、と」
「ああ。シャーマンゴブリンは使える魔法こそ多彩だが、いきなり懐に重装兵が現れたんじゃなすすべなしだ。オレもこの穴の中に飛び込んで、どうにか、だ」
「そうか。で、まだオレの器を奪う気はあるのか?」
「いや、ない。シャーマンゴブリンが死んだんじゃ、もうオレはお
「それならウチに来ないか?」
「あんたのとこに?」
「ああ、オレの店ってわけじゃないが、宿屋兼酒場で働いててな。ケイリや、種族の知識を持った語り部もそこで働いてる」
「そうか……。まぁ、どのみち器の持ち主のあんたから目を離すわけにはいかないからな。ついていこう。他に行くあてもないしな」
「そうか。よろしくな、ナイソウ。オレはガルムだ」
「ああ、よろしく、ガルム」
ガッチリと固い握手をかわす。
久しぶりに「ガルム」と呼ばれた。
やっぱ気持ちいいな、名前で呼ばれるっていうのは。
やはり新しく会ったばかりだから「剣聖」とか「ゴブリン」とかの先入観がなくて名前で呼んでくれるのかな。
ってことは、これからもっとたくさんの人と会っていけば、オレはもっと「ガルム」と呼ばれ……。
ぶるぶるぶる。
思わず頭を振る。
いやいや、オレはコミュ障だぞ?
今は異世界来てハイになってるかもしれんけど、あんまり多くの人と会うのは、ちょっと怖いっていうか、なんか
「で、これからどうするにゃ?」
考え込んでたオレをシロが現実に引き戻す。
「ああ、もう一人の鎧ゴブリンを確保しよう」
「それはどこにいるんだ?」
「ここからだと、川を挟んで反対側の岩山にいるんじゃないかってマスターが言ってたな」
「マスターとは?」
「ああ、【種族】の知識を持った語り部の一族だよ。オレたちが勝手にマスターって呼んでるんだ」
「ふむ、なるほど。で、そこにいるゴブリンは、やっぱりビッグフットゴブリンか?」
「そう言ってたな。討伐されたとは聞いているが」
「そうか。もしかしたら、どこかでぶつかるかもとは思っていたが」
「にゃにゃ。グダグダ喋ってないで早く行くにゃ。捕まえないと一生無料宿泊と一生無料ご飯が逃げていくにゃ」
「まぁ、そう焦るな、白猫の。ビッグフットゴブリンということは、供をしてる語り部はあいつだろう。あれの考えそうなことならおおよそ想像がつく」
「へぇ、仲がいいのか?」
「いや、水と油だ」
「えっ」
「会ったら殺すかもしれん」
「それは困るにゃ。殺すならボクが送り届けた後に殺すにゃ」
「いや、シロ。それもダメだぞ」
グアァオオオォオン!
ドラゴンの悔しそうな鳴き声が谷底に
「あのドラゴンって飛んできたりしないのかな?」
「あれは谷底ドラゴンだろ? 飛行能力を失った種のはずだぞ」
谷底ドラゴン。
そういうのもあるのか。
とりあえずドラゴンの近くにいるのも落ち着かないので、オレたちはさっさと立ち去ることにした。
トントトンっ。
再びナイソウとシロを小脇に抱えて宙を蹴る。
「にゃにゃにゃ。空飛んでるにゃ。これなら目的地まで一直線にゃ」
楽しそうにしてるシロとは対象的に、ナイソウはブルブルと震え上がっている。
「こ、これ、落ちたら、し、死ぬってレベルじゃないな……」
「にゃ。ぐっちゃぐちゃのぬっちゃぬちゃにゃ」
「ヒッ……」
「こら、シロ。脅かすような真似はやめなさい」
「はいにゃ」
素直に言うことを聞くシロ。
単調な空の旅を紛らわすために、前から気になってたことをナイソウに聞いてみる。
「そういえば、鎧ゴブリンってなんで鎧着てるの?」
「語り部の一族であることがわかるように、だな」
「つまり
「位というか、最優先で守るべき目印みたいな感じだな」
「伝えてきた知識を途絶えさせないために?」
「そうだ。そして、そのおかげで私は生き延びることが出来た」
「そうか」
きっとナイソウの仲間達が身を挺して守ってくれたのだろう。
上空の冷たい空気が肌に刺さる。
「ところで、なんで鎧ゴブリンはみんなバラバラにいるんだ? 全滅のリスクを避けるため?」
「二千年前に魔王が消えたからだよ」
あっ……それ、オレのせいじゃ~ん……。
「魔王が消えるまでは、語り部の一族も王の
はぁ~、つまりオレのせいでみんな二千年間バラバラになっちゃってたのね。
恨むなら緑神を恨んでくれ。
オレは必死に生きようとしただけなんだ、オレは悪くない。
「そうなんだ。ナイソウは全員の顔を知ってるの?」
「オレが知ってるのは、今向かっている【技術】のガイソウと、【食料】のケイリ、それから【政治】のロビだな。他は高齢だったから入れ替わってるはずだ」
「へ~」
一生に一度だけ会う同族。
その時以外は、いつ現れるともわからない器の出現に備えてレアゴブリンを育成してるってことか。
なんか途方も無い話だな。
う~ん、これってさっさとゴブリンの魔王誕生させて、みんないっしょに暮らさせてあげた方がいいのでは?
最初は冒険者気分でゴブリンをバンバン殺してたけど、こういう風に内情を知っちゃうとなんか可哀想になっちゃうよ。
そんな感傷に浸りつつ、ゆるい流れの川を超えた時。
キンキン! ワーワー!
ドシーン! ドシーン!
激しい戦闘音が聞こえてきた。
戦っているのは、鎧を着た人間の集団と……。
「え? なにあれ?」
足だけがめちゃめちゃ大きいゴブリンだった。
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