第26話 マッキンレーの青写真
私の名前はマッキンレー。
辺境の街ケムラタウンで冒険者ギルドのギルド長を務めている。
ギルド長と言ってもしょせんは辺境。
受付嬢一人、雑用一人、そして私、という三人ぽっちで回していたギルドだ。
しかし、その二人も今や別の街のギルドに勤めている。
なので、今ここにいるのは私一人だけだ。
仕方がない。
だって、魔物の大群が七度も攻めてくるというのだから。
よって、この街の非戦闘員は全員避難済みなのだ。
え? なんで全員で逃げないのかって?
いやいや、逃げるわけがない。
だって、せっかく敵の方から──しかもレアモンスターの方からこっちに来てくれるというのに。
それを狩らないなんて奴は冒険者失格だ。
だから敵が攻めてくるということは、他の街の冒険者ギルドには知らせていない。
だって、手柄を横取りされちゃうじゃん?
素材とか独り占め出来ないじゃん?
しかも攻めてくる回数には上限があって、七回。
そのうち二回は、もう済んでしまっている。
だから、あと五回の襲撃が済むまで、なんとしてもあまり騒ぎを大きくせずにやり過ごしたい。
そう思ってる。
まぁ、街から非戦闘員の女性がいなくなったのは、正直つらいところではある。
シンプルに街から華やかさが消えた。
とはいっても、領主バルモアのメイドは彼のお手つきながらも、なかなか賢くて優秀だし、柴犬亭で経理を務めている女鎧ゴブリンのケイリも飲み友達としては最高だ。
そしてなにより、ヒーラーのシア。
いや、聖女のシア姫。
たとえ冒険者に身を
ってことで、見るたびにリフレッシュさせてもらっておりますぞ、姫様。
とはいえ、彼女はセレストリア王国の第一王女だ。
腹の中は二枚も三枚も裏があるだろう。
きっと魔王の情報を王国に流しているに違いない。
あれだけ積極的に街の会議や鎧ゴブリンの尋問に顔を出してくるのが、その証拠だ。
しかも、ことあるごとに街なかをウロウロして、偶然を装って剣聖ゴブリンに話しかけたりしてる。
健気なもんだ。
しっかし困るんだよな、情報を流されちゃうと。
せめて、あと五回のレアゴブリン襲撃までは大人しくしててほしい。
相手は姫様だからなぁ、乱暴な手段を取るわけにもいかないもんぁ。
あ、乱暴な手段といえば。
私が呼び寄せた鑑定スキル持ちのネズミ獣人リムト。
彼は今、冒険者ギルドの天井裏に監禁……いや、少し長いバカンスを取ってもらっている。
だってほら、スキルを解放した剣聖ゴブリンの鑑定をした時に。
『あんなものを放っておいたら、世界は滅びますよ』
なんて言うんだもん。
ダメじゃん、そんなこと言って、みんなを怖がらせたら。
私は、世界が滅びようがどうなろうが別にどうでもいいんだ。
あと五回、ここでレアゴブリンを討伐して、その実績と素材を持って中央の冒険者ギルド本部に返り咲く。
そして、伝説|(になりかけた)的冒険者たる私がトップに君臨し、全冒険者が正しく評価される組織に作り変える。
そう、コネや金、政治力ではなく、シンプルに実力のあるものがトップに立てる風通しのいい組織づくり。
それを実現するためには、あの剣聖ゴブリンが今は必須。
だから、あの剣聖ゴブリンがみんなに怖がられて排除なんかされたら、私の計画は全部おじゃんになっちゃうんだよね。
ましてやシア姫なんかには、絶対に知られちゃいかない。
だって軍をあげて討伐に来ちゃうじゃん。
だから、みんなには剣聖ゴブリンの鑑定結果を適当にでっち上げさせてもらったよ。
「魔力の値もかなり高いけど、魔術師よりは剣士向き。魔剣士が適職かと」
ってね。
今回連れてきてたのがネズミ獣人でツイてたなぁ。
だって、声が小さいから私以外の誰にも彼の声は聞こえてなかったし、こうやって監禁……いや、バカンスに行ってもらうのも簡単だったもん。
「はぁーい、リムトくん、バカンス楽しんでるぅ?」
天井裏の檻の中のリムトにチーズを差し入れしてあげる。
一瞬、口封じに殺してもいいかなって思ったんだけれど、私は中央の連中とは違う。そこまで非道ではない。
他の街から忘却の魔術を使える魔術師を呼んで、剣聖ゴブリンのことを忘れてもらったら、ちゃんと解放してあげるつもりだ。
う~ん、私はなんて優しく、慈悲に溢れ、思いやりがあるのだろう。
「大丈夫だよ、毒なんか入ってないから」
怯えて食べようとしないリムトに優しく声をかける。
しかし、私はこの「声」で、これまでさんざん得をしてきた。
低音ボイスっていうの?
子供の頃はおっさん声だって言われて馬鹿にされてたんだけど、老ければ老けるほど、この声がダンディーだって言われてモテるようになったからなぁ。
あと、この声は、こういう説得? にも効果があるようで。
「安心していいよ。命は取らない。殺すならもうとっくに殺してるよね? 金もちゃんと払う。滞在日数が伸びた分の追加料金も上乗せしてね。だから、あと何日かだけここで大人しくしててくれる?」
リムトはケージの隅に置かれたチーズをバッと奪い取ると、背中を向けてガジガジと
「ふふふ、いい子だね……」
天板をパタリと閉じる。
さて、剣聖ゴブリンだ。
あれの魔力門を完全に開くのは危険だ。
強くなりすぎる。
力の制御ができずに周りに危害を与える可能性もある。
もしかしたら、魔王として完全覚醒する足がかりになってしまうかもしれない。
今の状態がベストだ。
今の程度なら
剣聖ゴブリンも、襲ってくるレアゴブリンを相手に腕試ししてやろうくらいの気持ちなのだろう。
それくらいでちょうどいい。
それが結果的に、シア姫に対して奴の真の実力を隠すことにもなっている。
まずは七体のレアゴブリンをすべて倒す。
その実績を手土産に中央へ復帰する。
そして、私が剣聖ゴブリンとその一味を倒して中央の実権を握る。
これが一番理想的な青写真だ。
私は野心家な反面、リアリストでもあるからね。
それが大人の振る舞いってもんだ。
そうだろ?
な~んて言ってるうちに、さっそく状況に変化が訪れた。
次の日、リムトが消えた。
自力での脱出はあり得ないだろう。
鑑定能力を除けば、彼はただの喋れるだけのネズミだ。
となると、誰かが救出したのは間違いない。
シア姫か、マスターか、ケイリか、それともシロか。
思い当たるのは、このあたり。
剣聖ゴブリン……ではないだろう。
あの抜けた感じでは、リムトがいなくなったことにすら気づいてないだろう。
「クソっ!」
テーブルの足を蹴り飛ばす。
誰かが剣聖ゴブリンの真の脅威性について知ってしまった。
天井裏には「認識阻害」「消臭」「防音」の魔力札を貼っておいたというのに……。
よくないことは、さらに続く。
予想到着時期が近いと思われていたシャーマンゴブリン、ビッグフットゴブリンが王都軍によって同時に打ち破られたという報が入ってきたのだ。
「やってくれたな、シア姫っ!」
ガコッ!
再び八つ当たりされたテーブルが乾いた音を立てて床に転がった。
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