第27話 肉と黄色い果物の酸っぱいやつ

 真の強者ってなんだか知ってる?

 うん、真の強者は「戦わずして勝つ」らしい。

 んで、街を襲ってくるはずだった第三と第四の刺客ゴブリンは、なんか王都軍とかいうのが倒しちゃったらしい。

 つまり~?

 戦わずして勝ったオレ、最強! わっはっはっ!


 って言いたいとこなんだけど、街の雰囲気は最悪です、母さん。

 だって、レアゴブリン軍団を倒してがっぽり金儲けを狙ってたのに、それが王都軍なんかに殺されちゃったんだから、もうおまんま食い上げ状態です。

 せっかく防衛設備の設営も頑張ってきたのに、これがぜ~んぶ、ムダ。

 予定していた収入の途絶えた冒険者たちはピリピリピリピリ。

 元々荒くれ者の彼ら。

 前回のアイスゴブリンとの戦いから、はや一ヶ月。

 単純に暴れたくて仕方がなくなってもきているのです


 ピリピリといえば。

 珍しくマッキンレーのおっさんもピリピリしてる。

 なんか余裕がない感じ。

 まぁ、このおっさんは中央とやらを見返すために、オレを餌としてレアゴーレムをおびき寄せてるんだもんな。

 きっと予定が狂ったってことでイライラしてるんだろう。

 いつも余裕ぶってたからいい気味だ、ざまぁ。


 しかもこのマッキンレー。

 こっそり冒険者ギルドの天井裏で鑑定士のネズミ獣人を飼ってやがったからな。

 シアさんに言われてネズミ獣人を探してみたら、まさかのまさかですよ。

 なんか隠匿の小細工がされてたみたいだったけど、そんなもんスーパー有能プリティーなシバタロウくんの感覚共有の前では存在しないも同然なんだよね。

 シアさんが言うには、個人での檻に閉じ込めての獣人の飼育は違法だとかなんとか。

 いや~、しかし。

 あんなちっちゃなネズミ獣人にまで気をかけるなんて。

 シアさんの優しさは、多元宇宙に響き渡るレベルだ。

 でも、あのネズミ獣人くん、閉じ込められたショックで記憶を失ってて可哀想だったなぁ。

 シアさんが「私が対処しますので」ってことで、マッキンレーは今のところお咎めなしだ。

 けど個人的には、いつかマッキンレーにお仕置きしなきゃと思ってる。

 あのおっさん、こっそりペット飼ってお母さんに怒られた経験とかないのかな?

 なさそうだよな、なんかお坊ちゃまっぽいし。

 うん、ないならオレが教えてあげないとな。

 そして「マッキンレーよりガルムの方がすごい」という序列を改めてみんなに周知させなければ。

 そう、これもみんながオレのことを「剣聖ゴブリンさん」じゃなくて「ガルム」と呼ぶようになるためのリスペクト集めの一環なのだ。


「鎧ゴブリンを確保した人には一人につき賞金五百万ギルを出します」


 爆発寸前だった冒険者たちを鎮めたのは、意外にもケイリだった。

 語り部の一族である鎧ゴブリンの血筋が絶たれるというのは、ゴブリン族にとって絶対に起きてはならないことのようだった。

 賞金はケイリとマスターがそれぞれ知識を提供する代わりに街から融資を受けるという形で捻出したそうだ。


「ひゃっほーい! 今回のクエストは人探しか!」


「よっしゃ! オレたちで探し出して賞金山分けだ!」


 大騒ぎしながら、いち早く戦闘地域へ向かって駆け出す者。

 慌てずにケイリたちから鎧ゴブリンたちの情報を聞き出そうとする者。

 地図を広げて鎧ゴブリンの逃げ込んでそうな場所に当たりをつける者。

 その取り組み方は百者百様ひゃくにんひゃくようで、オレは改めて冒険者たちの見せるリアルな迫力に息を呑んでいた。

 冒険者の血がうずく。

 まさにそんな状態なのだろう。

 オレだって、パソコンの画面越しとはいえ冒険に全てをかけていた人間だ。

 彼らを見ているとおのずとたぎってくるものがある。


(シバタロウくん──は、お店があるもんな。連れていけないか)


 王都軍がゴブリンたちを撃破したと言われている場所。

 それはここから徒歩で五日、馬だと約二日かかる場所だ。

 往復で一週間から二週間ほどの行程。

 それだけの期間、シバタロウくんやマスターが店を離れるのは無理そうだ。

 そもそもシバタロウくんは感覚共有があるから非戦闘員でも役に立つが、マスターは連れて行っても足を引っ張ることの方が多いだろう。

 となれば。

 鼻が利いて、暇そうで、それでいて鎧ゴブリンを捕まえた実績もあるアイツを連れていきたいな。


「にゃにゃにゃにゃ!? にゃんでみんなボクのとこに来るにゃ!?」


 あらあら。

 どうやらオレと同じことを考えた者は多かったようで。

 白猫獣人のシロは、勧誘にきた冒険者たちにぐるりと取り囲まれていた。

 ちなみにシロは自分のことを「ボク」と言うけど、れっきとした女の子だ。

 シロは、シバタロウくんやネズミ獣人と違って、獣よりも人に近い。

 真っ白なボブヘアーに、真っ白な肌、目は人間で、鼻はツンとピンクに突き出ていて、ほっぺからは触覚が三本ずつ生え、口は猫のような「ω」だ。手足には肉球があって、尻尾が生えている。そして頭にはピンク色の耳。

 獣人、というよりはコスプレをしている美少女、みたいな感じだ。

 ただし、生態や性格は完全に猫そのもの。


「シロ! オレたちと一緒に鎧ゴブリン探しに行こう! 賞金はシロに半分渡すからさっ!」


「シロ! いや、シロさん! うちのパーティーならもれなく三食ご馳走付きですよ! とっておきの熟成イノシシ肉をお出しします!」


 様々な口説き文句をうたう冒険者たちだったが、肝心のシロの反応はイマイチのようだった。


「んにゃぁ~。あんま興味ないにゃあ。そもそもボクは『一生ご馳走食べ放題&豪邸住み放題』ってユージに言われたからここまで着いてきたにゃ。その程度の褒美じゃ、遠くまで行く気にならないにゃ」


 シロは「ふわぁ」とアクビをすると、陽当りのいい屋根の上で丸まって昼寝を再開しようとする。


「チッ、時間の無駄だ! 他のやり方を探そう!」


 見込みがなさそうだとわかると、冒険者たちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。


「『柴犬亭の食事を一年間食べ放題』……」


 ぴくり。

 丸くなったシロの耳が片方だけピョコンと立つ。


「あのシバタロウくんの作る絶品旨辛うまから料理。あれが一年間食べ放題だったら、さぞ幸せだろうなぁ。しかも、それが鎧ゴブリン『一匹』を捕まえただけで得られるとしたら。さらに……」


 ぴくぴく。

 シロの両耳がこちらに向く。


「二匹目も捕まえたら『柴犬亭の宿泊が一年間無料』とかだったら『お得』を通り越して『破格』だよなぁ。まだ昼は暖かいけど、夜は寒いもんなぁ。無料の部屋でスヤスヤ眠れたら最高だろうなぁ、しかも、『無料』で」


 シロの白い尻尾がぶんぶんぶんと振れる。


「あいつらと違って、オレならこれくらいの条件を提示するけど……まっ、シロが興味ないなら仕方ない。オレは自分で探しに行くとするよ」


 そうやって背中をむけて歩き出した瞬間。


「ま、待つにゃ!」


 かかった……(ニヤリ)。


「その話は……ほんとにゃ?」


 オレは「計画通りフェイス」から優しい笑顔へと表情を切り替えると、シロに声をかける。


「今すぐ出発、それが条件だ」


「にゃにゃにゃ! 行くにゃ! 今すぐ捕まえに行くにゃ!」


 慌てて屋根の上から飛び降りてくるシロ。


「にゃあにゃあ? あの肉と黄色い果物の酸っぱいやつも無料にゃ?」


 体を擦り付けながら聞いてくる。


「ああ、もちろんだ。無料だぞ」


「にゃにゃにゃ~! それじゃ、それじゃ、あれは? あの白いので包んであって、中からじゅわっと……」


「無料だ」


「にゃぁ~!」


 こうして、食べ物と宿に釣られたシロとオレとの鎧ゴブリン探しの小冒険が始まった。

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