第5話 ケムラタウン
「しんっじらんねぇ~~~~!」
走りながら叫んでるのは、狩人のチェン。
彼の顔面は蒼白です。
それもそのはず。
信じられないものを見たばかりなのですから。
「だって、オレの【
「チェンの『不可避の連射弓』が防がれたの初めて見たにゃ!」
白猫獣人のシーフ、シロが同調します。
「だろ!? オレも初めてだっつーの! ……ったくよう、このエルフ弓術を世に知らしめるために冒険者になったってのに、まったくとんだ挫折だぜ……」
「どんまいにゃ! あいつ、匂いからしてヤバすぎたから逃げて正解にゃ!」
シロは、語尾に必ず「にゃ」と付けます。
「匂いもそうじゃが、あの見た目はなんとも……」
ドスドスと足音を立てて走っているのはドワーフのギンパ。
彼が背負うは、巨大な斧。
そして
にも関わらず、息も切らさず私達のスピードについてきています。
その恐るべきスタミナと筋力は、ドワーフの中でも一、二を争うほどでしょう。
「やばいです、やばいです……あれはやばいですよ……。あんなのどんな文献にも載っていませんでした……完全な新種かと……」
この世のすべてを知ると言われている錬金術師、ヒカ。
彼女の本当の姿は、百歳をとうに過ぎた老婆。
秘術を用いて若返ったという彼女は、大陸史上最も偉大な魔導師の一人です。
「一度撤退し、ギルドと国へ報告するのが最善です。残念ですが、私達の力を示す機会はきっとまた訪れるはずです」
そう言ってみんなを励ますのは、私。
ヒーラーのシアです。
普段は、国の王女などをやっています。
今回は、この未踏のダンジョン『エン・コン』の様子がおかしいということで、聖女である私も素性を隠して帯同しているのです。
「ああ、命あっての物種だ! 意外と、あれが未だに
ハツラツとした声で述べるのはリーダーのユージ。
戦士であり、英雄。
冒険者ギルドの「ナンバースリー(序列三位)」で、今回の危険度【SSS】のクエストである『エン・コン』調査に名乗りを上げた唯一の人物。
声を上げたのが彼だったからこそ、今回これだけのメンバーが集まったのです。
そして、その集まった精鋭メンバー達が、まさかダンジョンに足を踏み入れることも出来ずに逃げ出すハメになるとは……。
今回の調査には、莫大な費用がかかっています。
『調査ついでに、未踏のダンジョンの記録を更新する。そして、その結果を周辺国に伝播させ、国家の威信を高める』
そういった狙いもあった今回の調査なのですが──。
結果、敗走。
しかも戦わずしての遁走となると……。
「シア、そんなに心配しなくてもキミなら大丈夫さ」
よほどひどい顔をしてしまっていたのでしょう。
ユージが私を元気づけようと励まします。
いつも、欲しい時に欲しい言葉をかけてくれるユージ。
そんな彼の心遣いに、どうやら今回も私の心は救われたようです。
「うん、やっぱりシアは笑顔が似合う。ほら、君が笑うと、みんなも安心そうだろ?」
急に話を振られた一同は、思わずクスリとします。
茶化したような、それでいて本心から言っているような、どちらとも取れるユージの言葉。
その暖かさに触れて、悲壮感の漂っていたパーティーにも、少し以前の明るさが戻ってきました。
「しかし、どう報告するかのう……。一目見さえすれば、あれが人智を超越した悪魔だとわかるとは思うんじゃが……」
「仕方ありませんよ。見たまんまを言うしかありません」
「はぁ……報告が思いやられるのう……」
「はいは~いにゃ! じゃあ、シロが言うにゃ!」
「シ、シロちゃんは、また今度がいいかな~って……アハハ……」
「あぁ~~~! それにしてもオレのエルフ弓術が通用しなかったのがムカつく! しかも二回目は避けてたからな、あいつ! ったく、どんな反射神経してんだっつーの! また百年くらい修行して見返してやる!」
「百年後にはあの魔物もさすがに死んでますよ。長寿のエルフ族じゃないんですから」
言いながら、私の頭を嫌なイメージがよぎります。
百年後……。
え、さすがにあの魔物も百年後には死んでますよ……ね……?
そのまま私たちは足を緩めることなく走り続け、日が落ちる前に、冒険者の街『ケムラタウン』へと戻ってきました。
早々の帰還を
「ふむ……あなた方は、我が国最高のパーティーと言っても過言ではありません。そのあなた方の報告が信じられないわけではないのですが……」
「気持ちは、わかります! だが、今お話したことが事実です! 対処が遅れれば遅れるほど、事態は深刻なものとなります! 直ちに周辺国と連携して封印を施してください!」
「封印、ですか……」
領主とギルド長は渋い顔を見せます。
ここ『ケムラタウン』は、大陸中から冒険者が集まることで栄えてきた街です。
そして、その冒険者達が狩るのは、ダンジョンの魔力に引き寄せられてきた魔物たち。
つまり、ダンジョンに封印を施すということは、街の収入をなくすということに等しいのです。
「領主バルモア! ギルド長マッキンレー! 金のことなど気にしている場合ですか! このままでは国が滅びます!」
激高するユージの声も、あの悪魔を見ていない彼らの耳には届かない様子です。
しばしの間、息苦しい空気が部屋に張り詰めます。
その緊張を破ったのは、息を切らしながら部屋に入ってきた一人の兵士でした。
「緊急ゆえ失礼します! 魔物が……! 魔物が街に侵入してきましたっ!」
魔物が侵入?
ここは名うての冒険者が揃うケムラタウンなのですよ?
多少の魔物が侵入したくらいのことで、こんなに急いで報告に来るとは──。
ハッ──!
私たちは顔を見合わせます。
「それは──どんな魔物だっ!?」
「ハッ! タイプ:アンノウン。鎧とマントを纏い、剣を携えた中肉中背の黒っぽい魔物です。遠目から見ただけでも尋常ではない雰囲気を察したため、急いで報告に参りました」
「まさか……オレたちが、つけられたってのか──!?」
「そんにゃ! 尾行の気配はなかったにゃ!?」
外に飛び出した私達。
その瞳に映ったのは。
揺れる夕日に照らされた、あの──。
悪魔のような魔物でした。
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