第10話 闇討ち童貞

 柴犬。

 それは愛嬌が具現化した奇跡の存在。

 もし、柴犬にステータスがあるとすれば。


 体力10

 攻撃力10

 防御力10

 知能2

 素早さ10

 愛嬌5000


 とかだろう。

 それくらい愛嬌極振り。

 それが柴犬。


 で、オレの横で椅子の上にちょこんと正座してニコニコと笑っている柴犬獣人の男の子シバタロウくん(ただし、服はメイド服)。この子の愛嬌がまたヤバい。天元突破してる。撫でたい、愛でたい、モフりたい! 体の奥底から湧き上がってくる、そんな欲求ヒットパレードを抑えながら、オレは領主バルモアの話を聞いていた。


「つまりは、オレたちにこの街に留まってほしい、と」


 話を要約するとこうだ。

 まず、オレが怪しい。人語を喋りはするものの、そもそも容姿が怪しい。さらに、あの大規模魔法陣を斬撃で粉々に出来る能力がおかしい。そして最後に、経歴がおかしい。


「オレ、異世界から来て、緑神トキトウと会って、不老不死になって、二千年間ダンジョンにいて、で、今日出てきました! チィ~っす!」って言われても誰も信じないっていうか、信じようがないから、それらの裏取りをさせてほしいってことだった。でないと、危険すぎて自由にさせることが難しいそうだ。


 まぁ一理、いや十理くらいある。もし、前世でそんな謎の生命体が出てきたら、まず大国に攫われるか消されるわ。なので、下手に動き回って大国に見つかって面倒なことになるより、この辺境の街で、この世界のことを知っていきながら、ちょっとずつ馴染んでいくのもいいんじゃないかって話だった。


 悪くない。ちなみに、この街には各地の冒険者が集ってきてるというし、オレがいつか行くことを夢見ていた「冒険者ギルド(キタコレ!)」もあるらしい。今日はもう遅いからってことで、領主の家に招かれたんだけど、明日からは、ここを拠点に冒険者として一花咲かせるのもいいかもしれない。


「ん~、今日ゆっくり考えて、明日返事してもいいですか?」


 なんとなく即答は避けた。今日はダンジョンから出てきたばかりで、一気にいろんなことがありすぎて疲れてる。これ以上頭を働かせたくない。とにかく泥のように眠りたかった。ってことで、オレはシバタロウくんと一緒に今日二回目の風呂に入って、二千年ぶりのベッドの上で眠りに落ちた。


 夢を見ていた。くらい、くらいところにいる夢。オレはふわふわと浮かんでいる。気持ちがいい気もするし、悪い気もする。ぬるい空気がどことなく息苦しさを感じさせる。なんだか生まれてからずっとここにこうして浮かんでいたような。なんていうんだっけ、こういうの? あ~、そうそう涅槃ねはん? とかいうのってこういう感じじゃないの、多分? いや、よくわからんけど。っていうか、なんか一箇所眩しいところがあるなぁ。ほら、あそこ、穴が空いてんじゃん。あの穴から真っ白な光が差し込んできてる。あの穴……あの穴を塞がないと……。そう思いながら手を伸ばす。


 パチッ。


 そこで目覚めた。


「死ねええええええええええええ!」


 目に映ったのは、見知らぬ剣の切っ先。


「うおっ!?」


 オレは咄嗟とっさにブリッジして躱す。


「なんだっ!?」


 その勢いのまま足を上げてハンドスプリングの要領で回転すると、オレはベッドの上に着地して敵を見据える。緑神にもらった「あめ玉」のお陰で、オレの視力は闇の中でも抜群だ。その抜群の瞳が捕らえたのは、黒装束に身を包んだ男の姿だった。


「誰だか知らんが、二千年間ずっと真っ暗な中で闇討ちに備えながら寝てきたオレの寝首をかけると思ったら大間違いだぞ。っていうか、オレ夜目効きまくるからな。墓穴を掘ったな、お前」


 オレは二千年ダンジョンの最下層で拾ったゴブリンの骨を手に取る。なんだかんだ、この骨も二千年の間、ずっと壊れなかったんだよな。そして、これくらいの狭さの室内だと、剣よりは骨のほうが小回りが効く。


 逆に、相手は室内なのに両手で長剣を持っている。暗殺に関しては素人だな。ダンジョンにいたゴブリン以下だ。こういう戦いならオレに一日の長、いや、二千年の長があるな……っと。


 ぬるり。


 オレは闇に溶け込んで相手の意識の外から接近していく。


「う、うわぁあああっ!」


 男の闇雲に振った長剣が壁に当たって奴はバランスを崩す。すかさずオレは近寄り、手に持った骨で足を払った。


 ズドンっ!


 男は背中から床に落ち、手足をオレに押さえられる。


「く、くそっ……! こんな悪魔、今すぐ死ぬべきなんだっ!」


「おいおい、ゴブリンにも劣る暗殺者さん。あんたは一体誰なんだろうなぁ……?」


 顔に巻いてある布を剥いでいくと、中から現れたのは、今日四度目の遭遇となる男、戦士ユージだった。暗闇の中、月の光に照らされた彼の整った顔と美しい金髪は、どことなく物語の主人公のようなおもむきを感じさせる。


「おいおい……果敢な戦士様が闇討ちとは恐れ入ったなぁ。しかも失敗して正体バレてやんの。ダッサ。これは流石にかっこ悪いなぁ。どれだけ恥を上塗りするの、キミ? あ~、パーティーのみんなは知ってるのかな~? キミが街中巻き込んで避難だなんだやった挙げ句に、実はそれがぜ~んぶ勘違いで、おまけに逆ギレして闇討ちだなんて。ねぇねぇ、この無様な姿を、あの可愛らしいパーティーメンバーの女の子たちが知ったらどう思うのかなぁ? ねぇ、戦士ユージ?」


 いかん、オレの悪い癖が出てしまってる。煽りすぎてる。多分、寝起きで機嫌悪いからかもしれん。いや、でも寝込みを襲われて上機嫌ってのも逆におかしな話だしな。ってことは、これはこれで合ってるのかもしれない。まぁ、合ってるからいいというものでもないが。なんにしろ、オレはこれまで他人と交わしてきたコミュニケーションの経験値が低すぎる。コミュニケーションといえば、掲示板での煽り合いか、レスバトルだった。今まさに、その弊害が出てる気がする。え、っていうか暗殺者を確保した後って、どういうコミュニケーションを取ればいいの? ネットの知恵袋掲示板で聞いてみたい。聞いてみたいが、いかんせん異世界にはネットも知恵袋掲示板もない。


「え~っと……これ、どうすればいいんだ?」


 オレとユージの間を微妙な空気が漂う。しばらくぎこちなく見つめ合っていると、ドタドタという足音ともに、領主バルモアとメイドがやってきた。


「どうかされましたか!?」


「ああ、ちょうどよかっ……」


 そう言ってドアの方に顔を向ける。


「た……」


 領主とメイドの着衣は乱れていた。あ、うん……。まぁ、ね。そういうことも、あるのかなぁ〜? ま、異世界だしね、うん……。えっと、まぁ……元気があってよろしいのでは? と、どうしていいかわからず、そんなことを考えていると、今度はシバタロウくんが、ガバっと起きた。シバタロウくんは、領主から用意された柴犬獣人用の寝巻き(ピンク色で、もこもこ素材の耳の部分が空いてるナイトローブ)を着ていて、とても愛らしい。っていうか、あ~! ダメ、ダメッ! シバタロウくん! 今のこの状況は、教育に悪いから子供は子供らしくまだ寝てなさ~い!


「……る」


「え? シバタロウくん?」


「どうしよう、ご主人さま! おっきい足音が、スゴい速さで近づいてきてる!」


「どうしたの、シバタロウくん? 寝ぼけてる?」


「寝ぼけてないよ? っていうかご主人さま、何して……って誰ですかその人!? そして領主様、半裸! メイドさんも!? どういう状況なんですか、これ!?」


「いや、まぁ、色々あって……」


 ドシーン! ドシーン!


 どう説明したらいいものか悩んでいると、徐々に近づいてくる低い振動音を感じた。


「シバタロウくん、これ!?」


「はい、これです! この他にも足音がいっぱい!」


「領主さまっ!」


「う、うむっ!」


 領主はメイドさんに寝間着のローブを直されつつ、指示を出すために外へと向かっていった。


「さて、と──」


 オレはユージを解放する。


「あっ! この人、夕方の!」


 シバタロウくんが指を差して、見たままの素直な意見を口にする。


「なぜだっ! なぜ離すっ!?」


「ん~?」


 オレは頬をポリポリと掻きながら答える。


「だって、別にまた襲ってこられても絶対に負けんし。こっちは闇討ちに備えて二千年過ごしてきたのに、こんな闇討ち童貞みたいなのにやられるわけね~し」


「くっ、なにが二千年だ。デマばっか吐きやがって、この悪魔が……!」


「はいはい、悪魔でもなんでもいいから、さっさと帰って。いつまでもいられても邪魔だから」


「くそっ……覚えてろよっ!」


 う~ん、捨て台詞まで見事に三下さんした。むしろあそこまでテンプレだと清々しくすらある。オレはユージが窓から逃げ出したのを見送ると、ぐっと伸びをした。


「ご主人さま……今の人、襲ってきてたんじゃないんですか? なんで逃したんです?」


「さっきも言った通り、ほんとに脅威じゃないんだよ、あの程度。それに、今この街に危機が近づいてるのなら必要だろ? あんな奴でも」


 シバタロウくんから熱く浴びせられる尊敬の眼差し。


「はわわぁ……ご主人さま、器が大きすぎます! そこまで考えてらっしゃったとはっ!」


「じゃ、何が向かってきてるのか確認に行こうか」


「ボ、ボクも一緒に行っていいんですか?」


「なんだ? 来ないのか?」


「いくいく! いきますとも!」


 シバタロウくんは、そう言うと、ベッドの上をぽてんぽてんと転がるように駆け寄ってきた。

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