第13話 トールツリーの戦い
今までは「ある」と気が付かなかったのに、一度「ある」と理解できると、それ以降ずっと自然と認知できるようになるもの。
例えば、一見しただけではわからない「だまし絵の中に描かれてる人」だったり。曲の中に含まれている「気づきにくい楽器の音」だったり。一度気づくと、それから後も自然と見えたり聞こえたりするようになるもの。たしか、そういうのを元の世界では「
マジシャンによって開かれた【魔力門】は、どうやらそういった類のものらしかった。
「シバタロウくん、どう? 具合悪くなったりしてない?」
「はい、大丈夫です!」
「なんか変化はあった?」
「はい! 音がもっと遠くまで聞こえるし、匂いもいっぱい嗅げるようになりました! あ、あと目も! あ、それから、それから!」
フンッっとシバタロウくんが鼻息を鳴らすと、急に遠くで戦う音や、血や鉄の匂いを感じることが出来た。
「これは……感覚共有か!」
「はい! ボクの見たものや聞いたものを、ご主人さまと共有できます!」
「おお! すごいぞ、シバタロウくん!」
「えへへ!」
マジシャンから開いてもらった【魔力門】は、二千年間ずっと殺し合いに明け暮れていたオレに戦闘スキルを、獣人の肉体を持つシバタロウくんに索敵スキルを与えたようだった。しかも、頭に思い浮かぶフレーズを口にするだけで、自然と体が動く。
「
軸足を中心に体を回転させると、周囲三百六十度の敵が上下にちぎれ飛ぶ。
「
次は縦回転。ユージたちが足止めしてくれていた中型モンスターのトロールを左右真っ二つにぶった斬る。
「なっ……! トロールを一撃、だと……!?」
うん、いいね。二千年間ずっと思い描いてきたけど出来なかった動き。それがスキル名を口にすることによって具現化される。例えるなら、周囲に漂う魔力は「食材」。スキル名は、包丁やまな板のような「調理器具」。そして、発動するスキルは、それらを使って作り上げた「料理」だ。
「さて、それならオレが、いま作れる最高の料理は、どれくらいのもんですかね……っと」
ゴゴッ……ガラガラ……ッ。
オレの背後で、ちょうどタイタンゴブリンが立ち上がってきた。
「悪いけど、お前にはオレのスキルの実験台になってもらう」
剣先を突きつけ、そう宣言する。
「実験台……? このオデが……? 三百年、【土の精霊王】タイタン様の元で修行を積んだオデが、実験台……?」
「三百年頑張ってくれたところ悪いな、こっちは──」
周囲に漂う水の魔力を静かに纏う。
「二千年だ」
ザンッ。
「剣技・無刀、
剣技を超えた剣技。敵の
ズッ……ドスーン!
タイタンゴブリンは、後続の魔物に向けて激しい土埃を上げ、倒れ込んだ。ふぅ、どうやら無事にイメージを顕現出来たようだ。こういったデカい相手にはコアがあるのがお決まりなんじゃないと思ったが、どうやら、その考えは間違いじゃないようだった。
「……! ご主人さま、右ですっ!」
「
カキーン!
シバタロウくんの声に反応して掲げた剣が、熱く燃え盛るユージの剣を受け止める。
「なんのつもりだ?」
「あの魔物共をけしかけたのはお前だろうっ!」
「は? なんのために?」
「決まっているだろう、貴様が魔物だからだっ!」
話にならない。敵の主力級を倒したとはいえ、周りには、まだモンスターが残っている。こんなことをしている場合じゃないのは明白だ。
「ユージ! なにをしてるんです!」
「そうじゃ! 今、一緒に街を守るべく戦っておったではないか!?」
さすがのパーティーメンバーもユージを諫める。
ドカッ!
オレはユージの胸に前蹴りを食らわせ突き飛ばすと、持ち前の早口でまくし立てた。
「まず、さっきマジシャンに【魔力門】を開いてもらったことに感謝する。ありがとう! 次に、【魔力門】を開けてる間、戦線を維持してくれたみんなに感謝する。ありがとう! そして、それ以外のことで誤解を生んだ原因の一端は、オレにもある。それは、ごめんなさい! だが、それ以外にオレが謝るべきことは、なに一つとしてないっ! この戦いもお前が無茶して突っ込んでいなかなければ、こうしてわざわざ敵陣に飛び込んでヘイト稼いだりしてねぇよ! そもそも、お前、さっき寝室でオレのことを暗殺しに来てたくせに、また不意打ちとは卑怯すぎんだろ! 戦士の名が泣くぞ、戦士ユージくん!」
「暗殺……? ねぇ、ユージ、それって……?」
ヒーラーの女性が、青ざめた顔で声を震わす。さすがに「信じてたパーティメンバーが、こっそり暗殺までしようとしてた」ってのはドン引きだったらしい。
「あっ、ちがっ、違うんだ! あいつ、あいつがっ!」
しどろもどろで弁明しようとするユージ。しかし、その言葉は、シバタロウくんの感覚共有で強化された聴覚が捉えた微かな地鳴りの音によってかき消された。
ゴ、ゴゴゴ……。
振り返ると、タイタンゴブリンが、最後の力を振り絞って立ち上がろうとしていた。
「オデ……オデ、今度こそ魔王になりたかったのに……。そのために三百年、頑張って修行したのに……。それでもダメだった……せめて、魔王、道連れにする……」
タイタンゴブリンはそう言うと、こちらに向かって身を投げてきた。
魔王? なんの話だ? っていうか、このままだと全員押しつぶされるぞ。オレ一人なら余裕で避けきれるが、あのパーティーは、どうだ? 内輪もめしてる最中な上に、みんな満身創痍だ。きっと避けきれないだろう。もし、オレだけがここで避けて助かった場合、明日からの飯は美味いと思うか? んなわけない。面倒なユージと、これでおさらばできて清々すると思うか? んなわけない! となると、オレの選ぶ選択肢は一つだ。
「ご、ご主人さま、助けてあげてぇ~!」
「もちろんだ」
オレの頭が高速で回転する。
一メートルの人の体重が、約十五キロと仮定する。
そして、二メートルメートルの人の体重を、約九十キロと仮定する。
身長が二倍になった際の体重の増加は六倍だ。
となると。
四メートルの人の体重は、五四〇キロで。
八メートルの人の体重は、三二四〇キロ、約三トンだ。
それを、一体いくつに斬り裂けば衝撃は薄れる?
九つに斬り裂けば、三六〇キロの衝撃で。
九十に斬り裂けば、三十六キロの衝撃だ。
三十六キロの衝撃ならドワーフの盾と防御魔法で防げるか?
いや、でも車くらいだろ?
無理ゲーじゃね?
となるとさらに倍で百八十個に斬り裂けば十八キロの衝撃。
これならギリ骨折で済みそう。
オレは一瞬のうちに集中を深め、周囲の闇の魔力をかき集める。
百八十でも二百でもいい! 出せるだけだ!
「
何連撃だったのかは、わからない。
夢中で出したオレの連撃は、タイタンゴブリンを細かく切り刻む。
そして、後に「トールツリーの戦い」と呼ばれることになる、この戦いに、ようやく終止符が打たれた。
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