第15話 ラブの予感と白と黒
魔王。
魔王っていうと、大体想像するのって一人じゃん? でも、この世界には七人の魔王がいるらしい。
魔王ゴブリン。
魔王フェンリル。
魔王ゴーレム。
魔王シャーク。
魔王ヴァンパイア。
魔王スライム。
魔王ドラゴン。
最弱がゴブリンで、最強がドラゴンなんだって。スライムが上位から二番目なのが気になるけど、まぁ近年のスライムの地位は右肩上がりだったし、意外とこんなものなのかもしれない。
さてさて、他の魔王のことはさておき、オレの話をしよう。
まず、魔王ゴブリン候補たちを全部返り討ちにするのがオレの──というか、この街の当面の目標だ。その後は? 知ったこっちゃない。とりあえず
ただ一人を除いては。
「ユージがいなくなったって?」
ヒーラーの気品の高い女性、名前はシアというらしい、が気まずそうに答える。
「はい、気がついたら昼には……」
昨日の夜中、というか今朝。鎧ゴブリンの尋問、というか聴取が終わって冒険者ギルド前で「剣聖ゴブリン」コール(めっちゃ恥ずかしい)が鳴り響いた後、オレへの敵対心をむき出しにしてた戦士ユージが街から消えたらしい。聞くところによると、元は正義感が強く、皆に慕われてる存在だったらしいが、オレへの最初の誤解が尾を引いて、結局引くに引けなくなってしまったようだ。この件は、早くに誤解に気が付けなかったオレにも否はあるので、少し気にかかった。たしかに気にはかかった。ただし、気にかかったが、腹は減る。なので、昼飯を食いにオレは店の扉を開ける。
「わ、わ、わ、い、いらっしゃいませ!」
看板に『柴犬亭』と可愛い字で書かれた店に入ると、忙しさで目が回ってる状態のシバタロウくんが声をかけてきた。耳がパタパタと忙しく左右に揺れてて今日もとても愛らしい。
「空いてる席あるかな? あそこ、座っていい?」
「はい、もちろんです、ご主人さま! あ、シアさんもどうぞ、ゆっくりしていってください!」
オレとシアさんは、店の隅っこのカウンターに腰を下ろした。ここは、シバタロウくんを拾ってこき使っていた銭ゲバ爺が経営してた店なんだけど、奴は昨日領主に詰められて夜逃げしたんだ。んで、獣人への虐待を獣人組合? とかいうのに報告されたくない領主が、賠償として店をシバタロウくんに譲り渡したらしい。太っ腹だよね。で、今日の昼からさっそく新体制で営業してるってことで、顔を出してみたってわけ。……さっき道端で会ったシアさんを連れて。
「繁盛してますね」
「ええ、味は保証できますよ。この賑わいが、そのいい証拠かと」
普通の会話をしながら、オレは内心めちゃめちゃドキドキしてた。なんせ、勢いで昼食に誘っちゃったものの、まさかついてきてくれるなんて思ってなかったからね。しかも、シアさんのパーティーのリーダーが失踪して大変だって時に。
「どうしました?」
あぁ、シアさん。コクリと小首をかしげるその仕草も可憐! KA・RE・N! ヤバい、女性への免疫がないのに、オレ一体なにしてるんだろう。っていうかマジでなにしたらいいかわからん。女性と飯食う時って何をどうすればいいんだ? 教えてくれよ、インターネット! 知恵袋掲示板! そんなことを考えながら固まっていると、カウンターの中からバーテンダーが声をかけてきた。
「まだ新体制初日でバタバタなんで、おまかせランチしかないけどいい?」
「ああ、もちろん。二つ頼む」
「了解」
ガチャガチャと音を立てながらバーテンダーこと鎧ゴブリンは奥へと去っていった。
「ここで働いてらっしゃるんですね、昨日のゴブリンさん」
「え、ええ、そうですね。とりあえずいくらなんでも語り部を殺しちゃいけないだろってことで、でもタダで置いとくほどの余裕もないので、シバタロウくんのお店で働いてもらってもらってます」
「監視、の意味もあるのでしょうね」
「え? ええ……そうですね」
あれ? なんかおしとやかな雰囲気なのに、結構裏の意味とか読むんだな、この人。オレなんか全然「へ~、働くんだ~」くらいしか思ってなかったわ……。
「ここって、もう完全にシバタロウさんのお店になったんですか?」
はい、一旦ストップ。ここで、ちょっとバーカウンターの椅子について語ってもいいかな? いい? お願い、語らせて! いや、語ります!(強引)
えっとね、バーカウンター。まず、オレは今までそんなおしゃれぶったところに行ったことはなかった。つまり、オレは今、初めて「バーカウンターの椅子」というものに座ったんだけど、この椅子……見れば見るほどヤバい! なにがヤバいって、まず絶妙に足が浮くような高さに作られてる。あ、決してオレの足が短いとかそういうことじゃないからね? 現にシアさんの長~い
で、足がつかないということは、当然バランスが崩れやすいわけで。でね! この椅子、なんと座面が回るんです! ご存知でしたか、奥さん!? つまりね! そんなん、もう、あれなんですよ、あれ! フラッフラのフラッフラですよ! つまりっ! つまりねっっ!
「? どうしたんですか?」
上目遣いでオレを見上げるシアさん。その肢体のくねくねと揺れる様が、あああああああ! 魅力的すぎて、魅力的すぎて! ヤ・バ・い! って話なんですよ!
「こ、こほんっ。いえ、あ、店、ですよね? はい、もうシバタロウくん名義のものです。虐待されていた賠償ってことで領主さんから譲り受けました」
「へぇ~、じゃあシバタロウさんって、ここに住んでるんですか?」
「そうですよ」
「じゃあ……」
シアさんの指がオレの膝頭に触れる。
「ガルムさんも……ここに住んでるんですかぁ?」
うおおおおおおおおおおおお!
ダダダダダッ! ドドドドッ! バンッ! ハァハァ……。
心の中の内なる声を抑えきれず、オレは外に飛び出してきてしまった。
おいおいおいおいおい! なんなん? なんなんっ!? マッジで! 今のなんなんよ!? なんか人差し指で膝をツーってされたんやけど? なんなの? なんの合図? マジで女性経験なさすぎてなにを企んでるのか全く意味がわからんのやけど!?
「ハァ……」
その頃、店内のシアは、疲れ混じりのため息を吐いていた。
(慣れないことをするもんじゃありませんね……。しかし、あの男の素性を掴んで早く王国に報告しなくては……。せっかく朝から街中をウロウロして、やっと接触できたと思ったのに……。よりにもよって【魔王の器】を持ってるだなんて、一刻も早く対処を考えなければならない第一級の国家的危機問題です! ここは、私が……私がなんとかして情報を引き出さないと……)
コトリ。
目の前にランチプレートが置かれる。二つだ。ほわんとした香草のいい匂いがシアの鼻をつく。バーテンダーの鎧ゴブリンが、キザに話しかけてくる。
「あんた、情報を引き出したくてたまんないって顔をしてるねぇ。オレはいわば情報のプロだ。伝承を語り継ぐだけではなく、新たな情報を付け加えて次の世代に託す。そのためには諜報だってやってきた。どうだ? オレと協力関係を結ばないか? セレストリア王国のお姫様?」
「あなた──!?」
「おっと、あまり騒ぎ立てねぇ方がいい。どうせ素性を隠して冒険者の真似事でもしてんだろうが、今ここにあんたが姫だってことを知ってる人間がどれだけいる?」
「……続きを聞きましょう」
「あんた、あれだろ? つまりは、国に【ゴブリンの魔王】の情報を持ち帰りたい。そういうわけだ? なんてったって地下に二千年間も潜ってた魔王だもんな~? おまけに半覚醒状態。そんでもって、人格はどちらにでも転がりそうな危険性をはらんでるときてる。なぁ、なぁ? 姫さんは、どっちに転がると思う? 黒か? それとも──」
「白か……」
その通り、とばかりに鎧ゴブリンがパチンと指を鳴らす。このゴブリン、ずいぶんとキザったらしい振る舞いが好きなようだ。おそらく朝方の尋問の時は、猫をかぶっていたのだろう。いや、それとも一般的なゴブリンに見えるように振る舞い、私達の油断を誘っていたのか。どのみち思っていたより油断ならない相手なのかもしれない。そして、彼の本性に気づいている者は、一体この街に何人いるのだろうか。
「で、だ。オレはあの男の【魔王の器】をさっさと破壊して、次なる正統な魔王を誕生させたいんだよ。黒か白かなんてめんどくさいことやってらんねぇからなぁ。で、だ! オレらの目的に共通する部分、あると思わね~か? なぁ、姫さん? 例えば……まぁ一番手っ取り早い話が、ガルムに消えてもらう──とか」
ガタンッ!
「鎧ゴブリンさん、とても美味しい料理でしたわ。ぜひ、またお伺いいたします」
シアは立ち上がると、笑顔で鎧ゴブリンに礼を言い、早足で立ち去る。店を出た際にガルムが一人で身悶えしていたので、にっこりと仮面の笑みを貼り付けて、そのまま歩き去った。さぁ、【魔王の器】に対してどう対処すべきるか。様々な可能性を視野に入れて、もう一度考えることにしましょう。
「あれ!? シアさん!? シアさん、帰るんですか!? ああ、ちょっと待って下さいって! 待たせてすみませんでした! って、ええええええ!? オレの初デート、大失敗かよおおおおお!」
一難去って、また一難。
オレが新たなラブの予感に浮かれていた裏で、気づかないうちに新たな陰謀へと巻き込まれていくのであった。
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