第23話 ケイリの経理
「食材は日にちの古いものから使う! ロスは絶対に許しません!」
昨夜の尋問──もとい飲み会でシバタロウくんの可愛さの虜となった女鎧ゴブリンのケイリ。
彼女は「シバタロウくんの店で働く」と言い出し、そのまま押しかけてきたのだった。
しかも店での彼女の担当は、経理。
ケイリは「食料」について語り継いでいる語り部の一族だ。
なので「どの食料をどう調理するともっと美味しくなるか」「どこの地方にどういう食材があるのか」といったことを熟知している。
そんな彼女からの就職の申し出。
断る理由はなかった。
報酬は、売り上げの一パーセント。
それと、一日に一度のシバタロウくんへの「もふもふ」。
オレは最初、ケイリが女性従業員一~四と対立するんじゃないかと思ったんだけど、これが意外と仲良くやっている。
う~ん、一~四はオレに対してはあんなに敵対心剥き出しにしてくるってのに……。
女というものは本当によくわからない。
「食べ物の価格は安く、酒の価格は高くします! 食事は最高のコスパを、酒は最高のサービスを提供してください!」
彼女は、食料だけじゃなく酒にも詳しい。
というか酒好きだ。
仕事以外の時は常に飲んでる。
そんなに飲んで、口伝の言い伝えが頭から抜けてしまわないのか心配だ。
「ぷはぁ~! やっぱり仕事の後の一杯は最高よね!」
そんな彼女だが、金勘定についてはかなり細かい。
特に、今までザルだった仕入れと人件費についてはかなりのメスを入れてきた。
それによって柴犬亭の純利益は二割増え、ケイリは自らの報酬分の「純利益の一割」分をやすやすと確保してのけた。
「シバタロウ様! 今日ももふもふさせてください~! もふもふもふもふ!」
そして、一日一回のもふもふも欠かさない。
仕事が堅実で、コミュ力も高い彼女は、柴犬亭の中で全てを支配する女王的な存在になりはじめていた。
「ハンパ魔王は、チャキチャキ掃除してください! ほら、ここ! ホコリが残ってますよ!」
ハンパ魔王とはオレのことだ。
次のゴブリンの襲来までの間、柴犬亭を手伝うことにしたオレは、見事にケイリからこき使われていたのだった。
オレの役割は、雑用だ。
うん、雑用。
剣聖と呼ばれてるオレが。
雑用。
「あ、掃除が終わったら、次は買い出しに行ってきてくださいね。これが今日の買い出し票です」
剣聖のオレ、買い物かごを下げて買い出しに向かう。
ドレッドヘアのゴブリンハーフみたいな男が買い物かごをぶら下げてる。
結構シュール。
それにしても。
悔しいが、次々と提案されるケイリの指導は、なかなかに的を得ている。
あれ? これ、もしかしてオレが経営に口出しする余地ってもうないんじゃないじゃね?。
そう思っちゃうくらいの敏腕っぷりをケイリは発揮していた。
う~ん……。
オレはさぁ、余生の楽しみとしてさぁ、シバタロウくんとのゆるふわ宿屋経営ライフを考えていたわけよ?
でもさぁ。
……このままだと、オレがやろうとしてたポジションをケイリに乗っ取られそうじゃね?
「剣ゴブさん、今日も買い出しかい?」
「ゴブリンさん、あとで店に行くからな!」
すれ違う冒険者たちから声をかけられる。
もともと、柴犬亭は街に一軒しかなかった宿屋兼酒場だ。
そこにケイリの経営手腕がハマり、店は今まさに最盛期を迎えていた。
ちなみに柴犬亭のスタッフの立ち位置はこうだ。
・シバタロウくん。オーナー。お店のトップ。調理も担当。
・ケイリ。経理。お店のマネージャー的な存在。
・マスター。バーカウンター担当。渋い。
・一~四。ホールスタッフ。高いお酒を売ったらバックマージンが発生。
・オレ。小間使い。
うん、一番下の地位だ、オレ。
一~四は、ケイリの発案でシャンパンバック、ボトルバックが導入されたので、やる気を出している。
彼女たちは前回のアイスゴブリン襲撃の時に戦いに参加しなかったので、その分の凹みを取り返そうと目の色を変えて働いている。
マスターはマスターで、一人飲みしたい冒険者からの信頼が厚い。
そして、特にこれといった長所もないオレは小間使いしか出来ることがなく……。
いかんいかん、このままではオレとシバタロウくんの楽しい宿屋経営ライフがどんどん遠ざかってしまう。
なんとかしてオレの柴犬亭内での地位を上げねば。
ある日、ケイリがこんなことを言い出した。
「目玉商品を作りましょう」
聞けば、ここから近い未開の場所にフルーツ「モリノモリモリ」というものが自生しているそうだ。それを採ってきて新メニューを作れば、さらなる客単価アップが見込めるらしい。
ということでオレに白羽の矢が立った。
戦えて、それでいて一番営業中にいなくてもいい人間。
で、ケイリとオレ。そして、なぜかシアさんの三人でモリノモリモリ採取に向かうこととなった。
「あの……なんでシアさんまで?」
「剣聖さんとケイリさんの二人っきりにして、もしなにか間違いでもあったらいけませんから」
「あら? なぜいけないんですか? 貴女はハンパ魔王の夫婦でも彼女でもないのでしょう?」
「え? 彼女でなかったとしてもなにか問題が? そもそも貴女の方こそ街を襲撃してきたくせに、よく今のほほんと働いていられますね?」
間にオレを挟んで、また二人のバチバチバトルが始まる。
正直生きた心地がしない。
「はい? 襲撃されるのをわかっててハンパ魔王を街に置いていたのは、あなた方でのほうでは? 自分たちのことを棚に上げてよくそんなこと言えますね?」
「は? そんなこと、誰とでもすぐ寝ようとする人に言われたくないんですが?」
「あら、私は短命なゴブリン族です。なので、すぐに子作りして次の世代に伝承を語り継いでいかないといけませんので。その種族性を侮辱するのはコンプライアンスに反してるのでは?」
「コンプライアンス? それなら貴女こそ、もっと人間社会のことを勉強して
ああ……もうやめてくれ……。
っていうか、なんで異世界に「コンプライアンス(社会的規範遵守)」なんて言葉があるんだ……。
異世界はコンプライアンスなんかと無縁なのが魅力だろうが……。
っていうか、そもそも、この二人そりが合わなすぎるだろ……。
美女とゴブリンの板挟みになってオレが頭を抱えていると、遠くに色とりどりの実がなっている木を見つけた。
「も、もしかしてあれではっ!?」
空気が変わってくれることを祈り、木を指差す。
「ん? あぁ、ええ、あれがモリノモリモリね。さ、ハンパ魔王、あれを摘んでさっさと帰りましょう」
そう言って木へと近づいていくケイリの全身が、不意に巨大な影に覆われた。
「!?」
ブオッ!
「グリフォン!? まさかっ! なんでっ!?」
グリフォン。
それがケイリめがけて急降下してきた。
ケイリは恐怖で固まっている。
咄嗟に体が動いた。
グリフォンの鉤爪が掴むより早くケイリを抱きしめると、オレはそのまま地面をゴロゴロと転がった。
「ガァ~!」
獲物を横取りされて不満げな声を上げるグリフォン。
「ケイリ、怪我してないか?」
「は、はい……♡」
うつろな瞳で、どことなく殊勝な返事をするケイリ。
「よし、よかった。けど、なんでこんなところにグリフォンなんか……」
「きっと巣を守ってるのね」
シアさんの視線の先に、大きな巣らしきものがあった。
「グリフォンは巣のそばに金銀財宝を蓄えることがあるといいます」
「で、このきれいな果実を金銀財宝に見立てて、ここに巣を作ったってわけか。順序が逆だろ……。それに、こんなモンスターの縄張りじゃ、そりゃ未開の地なわけだ」
間違いなく危険だ。
今すぐ
しかし。
せっかくここまで来て手ぶらで帰るのも
となると、ベストの選択は……。
「二人は逃げてくれ。ここはオレがなんとかする」
「でも一人じゃ……! 相手は、あのグリフォンなんですよ! 一人じゃ無理です!」
「大丈夫、オレは不老不死だ。オレ一人ならなんとでもなる。それよりケイリを頼む」
「……それなら、バフだけかけさせていただきます」
一拍おいた後に、あらゆるバフが体に流れ込んできた。
おお、これがリアルに体験する「バフ」かぁ。
体の奥から活力が湧き出てくる。
力、柔軟性、思考力、そして魔力。
そういったものが向上しているのを感じる。
っていうか、これだけのバフを一瞬で構築できるシアさんって……もしかしてかなり凄いヒーラーだったりする?
「グワァァァ~!」
いまだに立ち去らない侵入者に対し、苛立ちの声を上げるグリフォン。
「早く行くんだ!」
「……ッ! 必ず、戻ってきてくださいね!」
「……魔王様……♡」
走り去っていくシアさんとケイリの後ろ姿を見送ると、オレはモリノモリモリの木へと目掛け突っ込んでいった。
◆
数時間後。
ケムラタウン。
「戻ってきた! 剣聖さんが戻ってきました!」
グリフォンに対してオレの取った作戦。
それは「食われながらモリノモリモリをもぎ取って逃げる」という、不老不死チートのみに頼った原始的なものだった。
ほら、だってさ? 巣を作ってるとこに侵入したのはこっちなわけだし?
スキルを使えば倒せたとは思うんだけど、もしあの親グリフォンを殺しちゃったら残された子グリフォンたちはどうなる? って考えたらさ。
それを考えると、この方法しか取れなかったんだよね。
え、偽善?
いいんだよ、偽善で。
結局こうやって目的の果実は持って帰ってこられたんだから。
っていうか、これ……。
オレは両手いっぱいに抱えた果実を眺める。
メロン、パイナップル、ブドウ、オレンジ、りんご、バナナ、桃、梨、グレープフルーツ。
もしかして「モリノモリモリ」って……フルーツ盛りのフルーツがいっぺんに成る木だったってことか……?
ハハッ……オレの苦労……何度も食われて……フルーツ盛りのために……ハ、ハハハッ……。
シアさんとケイリがオレに駆け寄ってくる。
「剣聖さん、大丈夫ですか! すぐに回復魔法をかけますね!」
二人とも涙目だ。
心配をかけて申し訳ないと思う。
「魔王様……♡ 私のためにこんなにボロボロになって……♡ ほんとに馬鹿なんだから……♡」
まぁ……でも、こうやって二人が優しくしてくれるんだ。
まんざら無駄な努力ってわけでもなかったのかもしれない。
オレは、なんか妙にグイグイ来るケイリに戸惑いながら、そう思った。
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