第36話 魔王の眷属
ユージの手に持った剣は刀身に闇を
「ユージ、生きていたのか……?」
「気安く名前を呼ぶな、薄汚いゴブリン風情が!」
さっき床に倒れていた時は気がつかなかったが、ユージはかなり雰囲気が変わっていた。
以前までの正義感じみた怒りは鳴りを潜め、なにやらよくない、不吉なオーラが漂っている。
それがよく現れているのが、闇に揺れる剣であり、彼の黒く染まった左目だ。
「お前、その目は……」
「気になる? 気になるか? ハハハッ、初めてだな、お前がオレに対して興味をいだいたのは」
興味。
確かにオレはユージに興味を抱いたことはなかった。
新人モブ冒険者。
そして一番オレの嫌いなタイプのリア充のコミュニケーション大好きマン。
それくらいにしか思ってなかった。
だが、それが一体どうしたというんだ。
「お前は……なんなんだ? なぜデスゴブリンの
「おいおい、質問だらけだなぁ? 今までオレのことなんか見下して相手にもしなかったくせに。まぁ、いい。気分がいいから答えてやろう」
ユージは背もたれの切り落とされた玉座にドカッと座ると、ふてぶてしい態度で語りだした。
「ん? どうした? 自称不死のゴブリン? まだ足の痛みが引かなくて驚いてるのか? ハハッ、そりゃいい気味だ。お前は、もう絶対的な存在じゃない。そして、ここで消える。そう、この【フェンリルの魔王】に力を分け与えられた勇者ユージ様によってなァ!」
「フェンリルの魔王……?」
たしか他国に存在する魔王の一人だったはずだ。
「ハッ、貴様の強さはゴブリンの魔王の力を継いでいるからなのだろう? ならば、貴様よりも遥かに強く、遥かに優れたオレ様が魔王の力を手に入れたらどうなると思うッ!?」
「お前……本気でオレに勝つためだけに他国の魔王の眷属になったのか?」
「眷属? いいや、違う。オレは、まずこのセレストリア王国を制圧し、次に他の六カ国を全て平定する! そして魔王も全て討ち滅ぼすさ。もちろん貴様もだ、ゴブリン。そしてッ、オレはこの世界の真の王になるのだッ!」
「……狂ってるな」
「狂ってる? オレが? アハハハッ! 狂ってなどないさ。狂っていたら、こんな緻密な
「絵図、とは?」
「フフン、どうせここで死にゆくお前だ。冥土の土産に聞かせてやってもいいが……」
ズバッ!
「ぐあっ!」
左腕が斬りつけられる。
「フン、たしかに不死だ。再生してる。魔王の力を持っているうえに不死。なんだこれは。本当にただのバケモノじゃないか」
「シアさんは……シアさんは無事なのか?」
「シア? ああ、無事なんじゃないか? 聖女の加護があれば即死の魔法も回避できるだろうからな。どう思っただろうなぁ、彼女。朝起きたら自分以外の全員が死んでるんだァ。なぁ、どう思う? 大国の姫が朝起きたら家族も家来も、み~んな死んでるの。あぁ、どう思っただろうなァ。怯えたんだろうなァ。責任感の人一倍強い子だったからなぁ……ああ、想像しただけで身震いしてくるッ!」
姫?
シアさんが姫?
聖女なのは最近聞いて知ってたけど、姫ってどういうことだ?
「おやおや。その顔は、まさかシアが姫だと知らなかった? 知らずに心配してたのか? もしかして貴様好きなのか、シアのことを? ハーハッハッ! これは爆笑だ! ゴブリンが! 姫に恋! しかも相手の正体も知らずに! いやいや、
「おい、黙れよユージ……」
「まぁいい。滑稽なピエロに教えてやろう。この一連の騒動は全てオレが仕組んだ。まずはいち早く王国に戻り、貴様のことを王に報告した。そして王の信頼を得ると、オレは国の力を使ってデスゴブリン、ストームゴブリン、ドラゴンゴブリンと連絡を取って連携したんだよ」
「それで、なぜ王都が滅びているんだ」
「国が知っているのはここまでだ。ここからはオレ様の描いた絵図。まずはフェンリルの魔王に取り入って力を分け与えてもらった。一か八かの賭けだったが、上手くいったよ。そしてオレは、その力をデスゴブリンに分け与えた」
「だからデスゴブリンの能力が増して──」
王都が滅びたのか。
「ああ、そして親株の魔王の力を持っているオレには子株のデスゴブリンの力は無効化される。だから、ここで貴様を待ってたってわけだ。そして、案の定貴様はのこのこと一人で現れた。ここでオレ様に殺されるためになァ」
「ならば、この大虐殺はお前が起こしたものなんだな、ユージ!」
「ああ、そうさ。オレ様が貴様を倒してこの世界の真の王になる。その
今まで感じたことのない怒りが体の奥底から湧きあがってくる。
なんだって?
オレへの恨みを晴らすためだけに五万人を虐殺?
狂ってる。
到底許されることじゃない。
もし、その原因がオレにあるというのなら。
こいつは、今。
オレが。
この手で殺す!
「最後に聞くぞ、ユージ。これはオレが憎くてやったのか?」
ユージは玉座から立ち上がると、ゆらりと剣を抜く。
「憎い? 違うな。憎いなんてものじゃない。憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くてェェェ! 憎すぎるんだよォォォ! ここで死ねッ! 薄汚いゴブリンッッッ!」
ユージの左目が黒く燃え上がり、剣が、両腕が、黒い炎に包まれる。
「なら──最初からオレだけを標的にすればいいだろ!」
ドンッ!
ユージが玉座の間、最上段から飛びかかってくる。
「うおおおおお!
オレは無傷の左足を軸にし、右手一本で横に
一 閃 。
重なり合った剣は。
パキッ──。
ユージの刃を砕き。
ドゥ……ン……。
ユージの体が床に伏した。
「ぐはっ……!」
「なぁ、ユージ。これで……満足か?」
哀れみを交えた視線で地面に転がるユージに尋ねる。
「こんなっ……嘘だ……ッ! 貴様、貴様が不死で、不死でさえなければ……!」
「減らず口ならあの世で叩くことだ。ユージ……お前は、五万人の民に
これ以上、一秒たりともこの男を生かしてはおけない。
オレはユージめがけて剣を振り下ろした。
「フ……フェンリル様ァァァア!」
ガチーン──!
刃が固い石造りの床に当たる。
ユージの姿は……掻き消えてしまっていた。
はたして消滅したのか、それとも転移したのか。
どちらにしろ深手は与えた。
生きていたとしても、しばらくは何もできないだろう。
(今は、あいつの行方よりも街のみんなだ)
まだ痛む足を引きずりながら、オレはケムラタウンへと急ぐ。
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