襲撃
魔導騎士さんたちのいなくなった街で、私は数日分のおやつを買って工房に戻った。朝晩の食事は屋敷の方で用意してくれるけれど、間食まで出してもらうのは心苦しいし、なにより作業中につまむ嗜好品だ。できれば、自分の好きなものを自分で選びたい。
「戻ったよアレクシス。干しぶどうと
工房の扉を開けつつ、声を張り上げたけれど返事がない。今日、施設管理部の仕事は休みのはずなんだけど。
まあ、ちょっと席を立ってるだけかもしれないし、どこかへ用事なのかもしれない。私はおやつを机上の籠に盛ると、さっそく作業の準備を始めた。アレクシスが片付けてくれてるおかげで、作業机も書棚も最近は綺麗なものだ。室内は整理整頓され、すぐに使わないメモや作業記録はすっかり視界から消えた。
インク壺とペンの箱を出し、施設管理部からの要望リストをチェック……しようとしたら、リストが見当たらない。いつもは作業机に広げてあるんだけど、たぶんアレクシスがどこかにしまっちゃったんだろう。片付けすぎて何がどこにあるかわからなくなるのは、よくある話だ。
彼が戻ったら置き場所を訊いてみることにして、作業リストの内容をできるかぎり思い出してみる。優先度が一番高かったのは、確か種火塔と水源塔の増設に関係する案件だった。記憶にある範囲で作業を進めておこうと、機能分類済の呪式一式を棚から取ってこようとすると……これもない。鍵付きの引き出しが空っぽになっていた。
「あいつ……どんな整理の仕方してるんだか……」
独り言が漏れた。
協働者に知らせず、作業に必要な品物の置き場所を勝手に変えるとか、仕事の進め方を知らないにもほどがある。帰ってきたら厳重注意してやらないと。ともあれ、これじゃあ作業にならない。
ふと見ると、ペン箱の羽ペンが残り少なくなっていた。街からは帰ってきたばかりだけど、時間を潰しがてら、私はもういちど買い出しに出ることにした。
◆
中央広場近くにある馴染みの店で、ひと月分くらいのインクと羽ペンを仕入れた。でも、時間はあまり経っていないから、アレクシスはまだ戻っていないかもしれない。少し歩いて時間を潰そうと、種火塔の辺りをうろうろと散歩する。
並んで立つ種火塔と水源塔の周りは、相変わらず人がいっぱいだった。魔力切れチェック用の人形たちも、今はしっかり手を上げている。小規模な種火や水源を増設して、街をさらに便利にしたいという声も最近は聞こえていて、そうなれば私たちの仕事もさらに増えそうだ。これも、魔力切れが見えるようになって、管理が楽になったのが遠因かもしれない。
好循環だな――なんて和んでいた、その時。
突然、大きな爆発音がした。正門の方角からだった。
衛兵隊の人たちが、中央通りを駆け抜けていく。入れ替わりに、伝令さんが走ってきた。
「盗賊団の攻撃です! 規模は不明ながら、かなりの大規模襲撃と思われます。市民の皆さんは、ただちに安全な所へ!!」
広場の人たちが、一斉にざわめく。
え、どういうこと? 盗賊団は、いま魔導騎士さんたちが叩きに行ってるはずじゃあ――
うろたえる間にも、街の人たちは次々と、衛兵さんたちに誘導されて避難を始めている。街の奥、中央政庁へ向けて。
「お嬢さん、あなたも早く!」
衛兵さんが促してくる。
どうしよう。アレクシス、今どこにいるだろう。逃げているならいいけど、もし工房に戻っていたら――
「お嬢さん!」
衛兵さんが私の肩を引く。その手を、振り払う。
「すみません。うちに……人が残ってるかも」
「まずは自分の心配をしなさい! 若い娘さんが奴らに捕まったら、どんな目に遭わされるか――」
諫めを無視し、駆け出す。
「お嬢さん!!」
背後からの声が、遠くなる。
ごめんなさい。でもきっと、今このまま逃げたら、アレクシスを放って行ったら、私は一生後悔する。
できれば彼の無事を、少なくとも工房にいないことを、確かめないと――
いくつもの怒号が遠くから響く中、私は工房へ戻る道を走った。
避難する街の人たちの間を逆走しながら、頭の中は、ただアレクシスの姿だけでいっぱいだった。
出会った時の、悲壮感バリバリの泣き顔。はじめて魔導人形が「手を上げた」時のはしゃぎよう。最近の楽しそうな働きぶり。ちらちらと脳裏に浮かんでは、消える。
私は、首に下げた魔導石のペンダントを握り締めた。彼のよりどころになれば、と思って作ったけれど、本人の命がなくなってしまったら何の意味もない!
息を切らしながら、私は走った。全力で走った。
やがて、アーレント家のお屋敷が見えてきて――息が止まった。
見知らぬ誰かが大勢、屋敷の周りにたむろしていた。汚い革鎧を着けた集団に囲まれるようにして、門番さん二人が、門の前に倒れている。
下卑たざわめきを裂くように、高い声が響いた。
「魔導騎士は出払ってる。なんでも好きに奪ってくれていいよ。けど――」
濃紺のローブを着た誰かが、歩み出てくる。
「――工房の方に、女がひとりいるはずだ。その人だけは、必ず生かして連れてきて」
聞き慣れた、声だった。
「大事な献上品だからね、傷はつけないで……ミツイシ・フミカという名の、異国の女だよ」
ちらりと見えた横顔に、よく見知った意匠の瓶底眼鏡が乗っている。
濃紺のローブをまとった右手が、上げられた。汚い革鎧の集団が、門の中になだれ込んでいく。
眼鏡男――アレクシス・アーレントは、ふたたび屋敷の方を向いた。
表情が、見えなくなった。
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