あなたの役目、私の役目
魔力切れ監視人形のお披露目を終え、私とアレクシスは工房でささやかな祝杯をあげた。五日前にも飲んだ度数弱めのワインを、揃いのマグにたっぷり注いで、静かに触れ合わせた。ちりん、と、陶器のいい音がした。
お互い、半分くらいを一息に飲んで、大きく息を吐いた。納品完了後の一杯は、こっちの世界に来てもやっぱり最高だ。
「うまくいって……よかった。フミカのおかげだよ」
アレクシスが目を細める。
「いやいや、半分以上は元研究員様のおかげ。私まだ、ほとんど呪式を読みこなせないし。あの意味不明なお経、機能ごとに仕分けてくれたのはアレクシスだから……私だけじゃ手も足も出なかったよ。ほんと、アレクシスはいい技術者だよ」
言いながら、何度も頷く。本当にアレクシスは優秀だと思う。なんだかんだで、私がお願いした作業は、ほぼその通りにこなしてくれている。言われたことをその通りに仕上げてくれる担当者は貴重だ。わかってない新人さんとかだと、できないことを放置して、納期直前に「できませんでした」と言ってくることも普通にある。
……ほんと、「言われたことをその通りにやれる」のは貴重な能力だ。世の中の連中、なんでそれがわからないんだろうか。
私が身振り手振り交えて、アレクシスのすごさを全力で伝えると、瓶底眼鏡の奥の目が少し恥ずかしそうに伏せられた。
「でも僕は、『手を上げる』だけの人形が役に立つなんて……思わなかった。そこはトナイのSEさんじゃないと、絶対思いつかなかった」
「得意領域の違いだよ。組み合わせれば、きっと私たち無敵だよ」
そう、最初の日に食べた、キャベツの漬物と塩漬け肉みたいに。
同じ「呪式」を扱う技術者だけど、アレクシスは細かい文言の読み解きが得意、私は機能の組み合わせが得意。お互いの長所を活かせれば、できることは無限に広がるはずなんだ。
そのために、私はひとつの提案を用意していた。ワインを飲み切った頃合いを見計らって、切り出す。
「……でね、魔力切れ監視機能を作ってて、思いついたことがあるんだ」
一枚の紙を、工房の奥から持ってくる。最初の夜に作った呪式だ。「起動する」「手を上げる」機能だけが、何回もの書き直しの跡と共に記載されている。
私はナイフを取り出し、紙に当てた。
「これをね、こうすると――」
「ちょっと、何するんだフミカ!」
うろたえるアレクシスの前で、私は紙を真っ二つにした。「起動する」の部分と「手を上げる」の部分が、綺麗に分かれる。
私はさらに羽ペンを持ってきて、それぞれの紙片に数行の呪式を書き込んだ。
「それ……『絆の呪式』?」
「そう。これで、他の紙からでも『起動する』『手を上げる』が呼び出せるようになったよ」
首を傾げているアレクシスの前に、私は別の小さな紙を置いた。羽ペンで、二行だけの呪式を書き込む。
『「起動する」を行え』
『「手を上げる」を行え』
あ、と、アレクシスが短く叫んだ。私のやりたいこと、分かってくれたみたいだ。
「どうだろう。こうすれば、私がやることとアレクシスがやることが、綺麗に分かれるよ……私は機能の組み合わせだけ考えられる、アレクシスは細かい文言の調整だけ考えられる」
要は、プログラミングで言うところの「サブルーチン化」というやつだ。機能を塊ごとに分けて、使うときは塊単位で呼び出すようにする。そうすれば、一度に考えるべきことが劇的に減る。「処理の大きな流れ」と、「マシンの細かい動作」を分けて考えられるようになるんだ。
「アレクシスは、あの長たらしい呪式を、動作ごとに分解してそれぞれの紙にまとめる。私は、紙を組み合わせて何か役に立つ物を作る。これで、作業どんどん進みそうじゃない?」
「……本当だ。本当にそうだ……」
アレクシスの頬に赤味が差している。
それは、ワインのためだけではないように、私には見えた。
◆
一ヶ月が経った。
最初の長たらしい魔導人形用呪式は、八割ほどが動作ごとに分解されていた。アレクシスが物凄い勢いで働いてくれたからだ。彼は施設管理部の仕事から帰ってくると、すぐに工房に籠って書き物を始める。部屋いっぱいに細切れの紙を並べ、呪式を書きつけ、一機能分がまとまると私に渡してくれる。日が暮れて窓からの灯りが取れなくなっても、決して身体が強そうには見えない魔導士様は、オイルランプを灯して作業に没頭していた。
相棒ががんばってるのに、私も応えないわけにはいかない。魔力切れ監視用の人形が人々に親しまれるにつれ、施設管理部は、市民からの要望を少しずつ私たちに回してくれるようになった。私はそれらのリストとにらめっこして、アレクシスが作ってくれた機能セットで実現できそうなものがないかを探した。
できそうなものがあれば、私が呼び出し用の呪式を書いて、実機テストをする。……けれど当然、一筋縄ではいかない。もともとが「ひとつの文に複数の役割があるのが当たり前」な、整理されてないぐちゃぐちゃの
けれどそのかいあって、私たちの魔導人形はずいぶん機能豊富になった。最初の「手を上げる」しかできなかった頃からは、想像もつかないほどに。
その日、私とアレクシスはひさしぶりに休暇を取った。
休暇日自体は、もちろんこれまでにもあったのだけれど、オフ時間は二人とも魔導人形の機能開発に没頭していて、ほとんど工房から出ることがなかったのだ。けれどアレクシスの肌がだんだん艶を失ってきて、目の下にも隈ができてて、さすがにちょっとヤバいと思えてきたから、私の方から街歩きに誘ってみた。……そういう自分も、鏡を見ると髪も肌もガサガサになっていたから、他人のことを言える立場ではなかったのだけれど。
工房を出て、でこぼこの石畳を一緒に歩く。狭い道から大通りに出ると、道の両脇を守る一対の魔導人形に出会った。片方は矢筒を、片方は投槍を持って、街の入口の方角を静かに見張っている。
「あ……衛兵人形がいるね」
アレクシスが、嬉しそうに目尻を下げた。
衛兵人形、つまりは街の警護をする魔導人形だ。もともと魔導人形は「自動で動く兵士」として作られたものだから、戦闘用の機能は元々の呪式にたくさん入っていたけれど、無駄や重複も多かった。
だから、私たちがだいぶ整理した。
ダブっている呪式は一つを残して削除して、共通の動作はまとめた。中でも「放つ」動作をひとまとめにしたのは大きくて、「矢を放つ」も「投槍を放つ」も「石を放つ」も共通の呪式で動かせるようになった。これが衛兵隊にとても好評で、さっそく何体かの「武器を『放つ』」魔導人形を街の何箇所かに配備してくれた。
アレクシスは足を止めて、直立不動のまま動かない魔導人形をにこにこと見つめている。私たちが作った物が、街の景色に溶け込んでいるのを見るのは、なんだかとても……ほっとする。自分が作ったシステムが、ちゃんと納品先の会社で使われているのを見た時みたいな感慨がある。
私は何度も納品やリリースを経験してきてるけど、それでもいま、胸の奥はじんわり熱い。「役に立った」経験が少ないであろうアレクシスが、頬を染めて瞳を潤ませているの、すごくよくわかる。
不意に、アレクシスが私の方を向いた。
「……フミカ。中央広場に行ってもいいかな」
言いたいことを察して、私は頷いた。
連日の夜間作業でガサガサになった、お互いの手。固く繋いで広場へ向かう。
広場に並んだ種火塔と水源塔の傍らには、魔導人形がそれぞれ一体、右手を上げつつ立っている。私たちの原点、「手の上げ下げで魔力切れを知らせる」人形たち。どちらも、一ヶ月間ずっと休むことなく、魔導石の状態を確かめ続けている。私たちも何度か、チェック周期の調整などをやっているから、ひときわ思い入れの深い子たちだ。
仁王様みたいに手を上げている人形たちの横を、火や水を取りに来た人たちが行き交う。今はもう奇異の目で見られることもなくて、すっかり街の景色として溶け込んでいる。
「……フミカ」
アレクシスが、私の手を強く握ってきた。
「役に立ってるんだね。……フミカと僕の、作ったもの」
すすり泣きが、声に混じっていた。
「もちろんだよ! 半分はアレクシス、あなたが作ったものだからね。半分は私かもしれないけどさ、あなたがいなきゃ、私だけじゃなにひとつ動かせなかったはずなんだから」
アレクシスは眼鏡を押さえながら、ぽろぽろと涙をこぼした。
「……眼鏡と工房をくださった、父上と母上に……ご恩返し、できてるのかな」
「できてるって! 自信持ちなさいよ、あなたは『言われたことがちゃんとできる』、十分優秀な魔導士様なんだから!! でも、まだまだこんなものじゃないよ」
私は、アレクシスの背をバンバンと叩いた。
「もっともっと、魔導人形の機能を増やしていくんだから。便利にしていくんだから。そうなれば、あのお兄さんたちだって――」
言いかけた時、背にかすかな悪寒が走った。
振り向くと、短い金髪を綺麗に撫でつけた端正な男の人が――アレクシスのお兄さんが、相変わらず華麗な革鎧に身を包んで、立っていた。
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