小さなカイゼン
五日後。
壊された中央広場の種火塔は復旧した。石塔も中の装置も、中心の魔導石も、すべて元通りの姿を取り戻している……ただ一点を除いては。
「母さん、これはなに?」
水桶を手にやってきた子供が、「それ」に不思議そうな目を向けている。傍らの母親も首を傾げるばかりだ。続々と集まってくる街の人たちも、皆が奇異の目で眺めている。
よしよし、今こそ説明の時。私は集まった人々に深々と一礼して、石塔の傍らに立つ「それ」――二歳児くらいのサイズの魔導人形――を手で示した。
「こちらは、魔導石の魔力切れを検出するための装置です。皆さん、この人形をよく見ていただきたいのですが……人形の右手は、今どうなっているでしょうか」
「肩のところまで上がってますね。それがどうか?」
母親の言葉通り、魔導人形は手を上げている。もう一体、「水源」の方に設置された人形も同じく。
「はい、今、この人形は手を上げています……魔導石に十分な魔力がある間は。ただ、魔力が弱まれば上げ続けることはできません。そうなると、手は下に降りた状態になります」
私の言葉に、子供が目を輝かせた。
「ってことは……この人形の手が下がってたら、魔導士様たちに魔力補給をお願いに行けばいいの?」
「そのとおり! これで、魔力切れの心配は今までよりずっと少なくなるはずです!」
満面の営業スマイルを作って、街の人々を見回す。
反応は、思ったよりも芳しくない。「役に立たないガラクタ」の認識は、一般市民の間にも浸透しちゃってるんだろうか。でも、だとすれば、今回の実戦投入は大きな意味があるはずだ。
「……本当に大丈夫なのかなあ」
隣で、アレクシスが不安そうに肩を丸めている。縮こまった背中を、私はバンバンと叩いた。
「大丈夫大丈夫。工房でテストはしたでしょ? 魔導人形、ちゃんと役に立つんだってところを皆に見せてあげないと」
遡ること五日前。「魔導石の魔力切れは、普通の人間にはわからない」という話を聞き、私の頭にはひとつのアイデアがひらめいた。
ちょうどできたばかりの「手を上げる」機能、なんとかして使えないだろうか? と。
魔導人形も魔力がなければ動かない。だったら「魔力が溜まっている間は手を上げる」「魔力が減ったら手を下ろす」動きをさせれば、一目瞭然で充填状態が見えるようになるんじゃないか、と。
ハードルはあった。種火塔の魔導石の状態は、魔導人形から確認できるのかどうか。けど、アレクシスに確認してみると、意外に簡単にできるらしかった。「絆の呪式」というのがあって、呼び出し側と呼び出される側に同じ合言葉を書き加えてやれば、相互に呼び出しができるそうだ。一枚の紙や銅板に書いた呪式を、他の紙や銅板から呼び出したり、内蔵以外の魔導石を動力に使ったり……といったこともできるらしい。
ともあれ「絆の呪式」を使って、私とアレクシスは魔導人形を改造した。挙動はこんな感じだ。
『種火塔(もしくは水源)の魔導石を、魔力源として指定する』
『起動する』
『次に指定する動作を、一定時間ごとに繰り返し行う:一定時間のあいだ、手を上げ続ける』
アレクシスは当初、怪訝な顔をしていた。これでどうやったら魔力切れがわかるんだい、と。
詳しく説明する。このプログラム……もとい呪式を起動すると、魔導人形は『一定時間のあいだ、手を上げ続ける』動作を無限に繰り返す。ただし、魔導石の魔力が残っている間だけ。魔力が減れば、動作できなくなって手は下がる。その時点で、魔力切れが目に見える――という仕掛けだ。
伝えると、アレクシスは別の懸念を口にした。
(無限に繰り返すとなると、むしろその動作で魔力を無駄遣いしてしまわないかな……)
もっともだ。コンピューターのプログラムでも、無限ループを起こしてしまうとあっという間にメモリもCPUも使い果たしてしまう。でも、この呪式にはその心配はないはずだ。
(大丈夫、ちゃんと「一定時間ごとに」って指定するから。「一定時間」を十分長く取れば、魔力を使い果たすようなことにはならないはず……ただその分、検出間隔が空いてしまうから、最適な値を見極める必要はあるけどね。だから――)
私は、アレクシスの肩を強く叩いた。
(――「繰り返し」の書き方と、「一定時間待つ」の書き方だけ教えてね! 頼りにしてるよ、研究員様!!)
……その後の四日間はほぼ、「『一定時間待つ』をどう書くか」の解析だけに費やした。
アレクシスによれば「できるのは確実、だけど呪式が込み入っていて、どこで指定しているかはわからない」。予想通りの答えにめげつつも、「手を上げる」と同じように細かく分けて読み込んで、都度テストして……どうにか、種火塔完成の前日には間に合わせた。
残るは魔導石本体との接続テストのみ、というところまで完成させて、私とアレクシスは施設管理部の魔導士長にかけあった。魔力切れを事前に検知したくはありませんか、との言葉と共に。
よくわからない余所者の言葉を、幸いにも魔導士長様はちゃんと聞いてくれた。中年と思しきお顔には、目の下に濃い隈が刻まれていた。それほど、人手が足りていないのかもしれなかった。
接続は無事うまくいって、種火塔と水源に配置したどちらの人形も手をちゃんと上げてくれて……そして、今に至る。
石塔の横に立つ人形二体は、街の人たちの好奇の目に晒され続けている。見守りつつ、アレクシスは不安げに眉間の皺を寄せた。
「これでうまくいかなかったら……今度こそ、魔導人形は完全に――」
「だーかーらー、失敗した時のことばかり事前に考えない。失敗したら、そのとき対策を考えればいいでしょ」
私が言ったのと、ほぼ同時だった。
水源側の人形が、軽く擦れるような音を立てて手を下ろした。
「あ!」
短く叫んで、アレクシスが駆け出した。水源塔の扉を開き、中にある大きな宝石に触れる。こちらの石はブルーサファイアのような深い青色で、見ているとやっぱり吸い込まれそうになる。
アレクシスは、何度か宝石の表面を撫で、満面の笑みを浮かべた。
「魔力、切れかかってますね……水の生成はもう少し続けられそうですが、補充は必要な頃合いです。つまり――」
つまり、そういうことだ。
私は小躍りして、アレクシスの傍らに駆け寄った。
「ご覧になりましたか、皆さん!」
プレゼン壇上のスティーブ・ジョブズになった気分で、私は朗々と叫んだ。
「これでもう、突然の魔力切れを心配しなくて大丈夫です! この人形たちが、魔導石の状態を知らせてくれますから。そして――」
今の段階で、これを言ってしまっていいのか。
迷いもあった。けれど、顧客向けプレゼンには多少のハッタリも欠かせない。
「――この人形、もっともっと便利になります! お困り事があったら、どんどん施設管理部にお申し付けくださいね。できるかぎりのことは、実現してみせますから!!」
街の人たちは、よくわかってない風だった。
けれど水桶を持った子供がひとり、私の元へ歩み寄ってきてくれた。
「お姉さん。……やってほしいって言ったら、何でもやってくれる?」
「何でもは無理だけど、できるだけのことはするよ」
「……お父さんを生き返らせるのは? 父さん、フィーラー帝国の手先の盗賊団に、殺されちゃったの」
「ごめん、それはさすがに無理。だけど」
子供の目をまっすぐに見て、私はなるべく力強く、言った。
「この街の中で、人が死なないように……できるだけのことは、するよ」
そう。
この街を少しでも安全にすること――思えばそれが、私が誓ったことのひとつでもあったんだから。
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