事例3: (街いっぱいの)顧客との協調
種火塔を覗く
窓を抜けてくる朝日で、目が覚めた。
長椅子から起き上がってみると、工房は散らかり放題だ。床では魔導人形が大の字に寝転がっている。大机の上には、呪式のテストに使った紙と羽ペンが散らばってるし、夕食のお皿も積まれたままだ。そして真ん中には、赤黒いワイン汚れのついたマグ二つが置きっぱなしになっている。
昨夜、「起動して手を上げる」のテストに成功した後、アレクシスと二人で祝杯をあげたんだ。大瓶を二人で半々ずつぐらい飲んだから、ちょっと多すぎたかとも思ったんだけど、今のところ二日酔いの兆候もない。こっちのワインは、少なくとも昨夜飲んだのは、度数がそんなに高くないのかもしれなかった。
「……アレクシス、起きてる?」
伸びをしながら、工房奥の寝室へ向けて声をかける。
この工房、内部だけでひととおり生活ができるようになっているみたいで、家主用のベッドもちゃんと整えられていた。とはいえ、いい歳の男女が同じ部屋で寝るわけにはいかない。当初アレクシスは、私をベッドに寝かせて自分が出ていこうとしてたけど、そこまでしてもらうのも気が引けた。なにより、日頃アレクシスが使っているであろうベッドを使うのも抵抗があった。
椅子で寝るのも、アレクシスよりは私の方が慣れてるはずだ。クッションのある長椅子は、少なくとも職場の椅子よりは快適だったし。
ともあれ。
声をかけてしばらく後、寝室の扉が開き、アレクシスがきっちり着替えを済ませた姿で出てきた。濃紺のローブは、昨日着てたのとは別物みたいで、生地にくたびれ感がない。髪もきちんと櫛を入れてあり、瓶底眼鏡ともあいまって知的な印象だ。ザ・魔導士って感じがする。
「起きてたんだ」
「今日から新しいお仕事だから。はじめが肝心だと思って」
そういえば昨日、偉そうなお兄さんが辞令を持ってきてたっけ。
「そうすると、日中は魔導人形のテストはできないのか……」
「フミカだけで進めてもらってもかまわないよ?」
「いや、私はまだ、呪式をちゃんと読みこなせない」
呪式の意味をすっかり理解できれば、私ひとりでも作業ができそうだけど。でも、今はまだちょっと無理だ。
「せっかくだし、お仕事見学させてもらってもいいかな。差し支えなければ、だけど」
「できれば、手伝ってもらえるとありがたいかな。最初の仕事は、昨日壊された種火塔の修繕だと思うから。手は多いほど助かるよ」
そうだね、あと、手伝いをすれば街の様子もわかってきそうだ。今はまだ「手を上げる」しかできない魔導人形だけど、今後は機能も増やしていきたい。市場調査は重要だ。
けどそのためには、東京にいた時のままの恰好を、まずどうにかしないと――知的魔法使いスタイルのアレクシスを前にして、私はちょっと気おくれを感じていた。
◆
雲一つない青空に、太陽が高く昇っている。ほどよく暖かい陽気の中、私とアレクシスは壊れた種火塔にやってきていた。
今の私は、緑色の綿ワンピースにエプロンを着けた、いかにも昔のヨーロッパの街娘っぽい格好だ。屋敷のメイドさんに「街中で浮かない服」を頼んだらこうなった。日頃パンツスーツを愛用している身としては全然落ち着かないけれど、「男の服を着た変な女」扱いされるよりはましだ。我慢する。
種火塔では壊れた石組がすっかり撤去され、中心の機械が剥き出しになっていた。色とりどりのローブの人たちが数人、周りで何かを調べている。そのひとりひとりへ、アレクシスは深く頭を下げた。
「今日は、客人のフミカも見学に来ております。彼女は、遠方の土地トナイの機械術師です。よろしくお願いいたしますね」
あわてて私も頭を下げた。
アレクシスからの紹介が終わったところで、機械の残骸をあらためて見る。元は複雑に組み合わさっていたはずの円盤や歯車が、ひび割れ砕かれて散乱している。金属部品に混じって、ルビーみたいな赤いキラキラしたかけらも、細かく砕けて散っている。割れ方から見ると、爆発は外側ではなく中心近くで起きたようだ。
そこまで観察したところで、私は不意に気付いた。
「あれ、これって呪式?」
金属部品の中に、細かく文字が書き込まれた銅板があった。ひび割れた表面に書かれているのは、昨日工房で延々格闘していたのと同じ、ポエムめいた文字の並びだった。けれど、こちらはずっと行数が少ない。全体でもせいぜい十数行くらいだ。
「そうだね、これも呪式だよ。数百年の昔から、『種火の呪式』として代々受け継がれてる。水源の呪式と一緒に」
「こんなわかりやすそうなのがあるなら、もっと早く言ってほしかった……」
「魔導人形の呪式とは全然別物だよ? やってることも全然違うよ?」
「機能の問題じゃなくてね……」
昨夜の戦いを思い起こして、遠い目になる。こんなシンプルなテストプログラムがあるんなら、こっちを使えばずっと話は早かった。いや、なんなら今からでも、こっちをコピーして持って帰って解析したい。あの長大でぐちゃぐちゃなやつじゃなくて。
「アレクシス、これ書き写しても問題ない? できれば、水源の方と一緒に欲しいんだけど」
「写したいなら、拓本を取った方が早いよ。でも今はお仕事中だから、終わってからだね」
筋肉質の男の人たちが団体さんでやってきて、持ってきた荷物の包みを並べ始めた。中から、複雑な部品が組み合わさった円盤や機械がぞろぞろ出てくる。最後の包みが開いた時、私は思わず感嘆の声をあげた。
「わ、なにこれ綺麗……!」
それは、赤く輝く巨大な宝石だった。直径が洗面器ぐらいもある真紅の結晶には、ひび割れも曇りも全くない。それでいて、色合いはルビーみたいに深くて吸い込まれそうだ。ガラスみたいな安っぽさはない。これが本物のルビーだったら、おいくら万円の値が付くんだろうか。さっき見た赤いキラキラの破片は、これが壊れたものだったようだ。
「あれ、フミカは魔導石を見たことないの? 機械術師なのに?」
アレクシスと周りの人たちが首を傾げる。「魔導石」の名前は、これまで何度かアレクシスから聞いていたけど……現物はこんなのだったのか。魔導人形の動力源でもあるんだよね、これ。
「トナイの機械は、別の動力で動いてるから……『種火』の魔力はここから取ってるんだね」
この石、天然ものだろうか人造だろうか。どちらにしても、こんな綺麗なのがそこかしこにあるのなら、この世界の宝石屋さんは商売あがったりだろうな――
などと考える私の目の前で、巨大な赤い魔導石が、塔中央の台座に据えられた。ローブの人たちとアレクシスが、機械や円盤を周りに取り付けていく。
作業の途中、ひとりのお婆さんが私に近づいてきた。甕を手にして、おろおろと周りを見回している。
「お嬢さん、ここの種火はどうしたのかねえ」
「昨日、帝国に壊されてしまいまして……いま、皆さんが修理している最中ですよ」
お婆さんは、大きな溜息と共に肩を落とした。
「そうなのかい。このところ物騒だねえ……東の種火塔が魔力切れになっちゃってねえ、こっちまでわざわざ取りに来たんだけど」
「魔力切れ?」
魔力って切れるものなんだろうか。ちょうどアレクシスが、作業の手を止めて一服していたので訊いてみる。
「魔導石の魔力って、切れることがあるの?」
「そりゃあ切れるよ、魔力は無限じゃないからね。魔力切れを起こした場合は、僕たち魔導士が再充填をする。力を入れ直せば、また使えるようになるよ」
「スマホの充電みたいなものか……」
魔法といっても色々制約はあるんだね。何もない所から無限の力が生まれるような、都合の良い技術はどこの世界にもないのかもしれない。世知辛い。
けれど、目の前でうなだれているお婆さんを見ていると、別の考えも浮かぶ。
「でも、だったら東の種火塔、なんで充填切れまでほっといたの? いつか切れるってわかってるなら、早め早めに補給しとかないと」
「僕らも……施設管理部も忙しいんだよ。こまめに周れればいいんだけど、急に利用が集中したりするとなかなか。特に今回は、ここを使ってた人たちも他の所へ散ってただろうし」
「見て分かるような兆候ってないの? たとえば石の色が薄くなるとか」
「あったら苦労しないんだけどね。見た目は全然変わらないから、魔術の心得がある人間が確かめないといけないんだ」
そこまで聞いて、不意にひらめきが来た。
私のやってること、まだ基礎中の基礎のお勉強だと思ってたけど……意外に早く、実戦投入する時が来たかもしれない。
私はなるべく表情を抑えながら、アレクシスに言った。……けどたぶん、ニヤニヤ笑いは漏れてそうな気がする。
「ってことは、だよ。その問題を解決する方法には、ひょっとして需要があるのかな?」
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