事例4: (唐突に過ぎる)変化への対応

作れよ、増えよ、街に満ちよ

 半月が経った。

 街への魔導人形配備は、さらに進んでいた。弓矢や投石器を備え付けた衛兵人形は、城門近辺を中心に数を増やしている。追加分の人形は、これまでは閉鎖された研究所に残っていたものを引っ張り出していたけれど、最近は尽きてしまって、近隣の街から譲り受けたりもしているようだ。だいたいどこの街も魔導人形は持て余していたから、大喜びで手放してくれたと衛兵隊長から聞いた。

 その話をすると、アレクシスは笑って言った。


「できれば、他の街でも人形を使ってもらえるようにしたいね」


 ちょうど、おおもとの呪式の機能分解が終わった頃だった。とはいえテストとバグ取りはまだまだ山積みで、アレクシスの手が空く見込みは全然ない。でもその日以来、生真面目な元研究員様は、私たちのこれまでの研究成果やノウハウを隙間時間にまとめ始めた。散らかり放題だった工房を整理し、雑なメモ書きを清書し、持ち運べるコンパクトサイズに編纂していった。

 職場の整頓は大事なことだけど、最近の彼はちょっとがんばりすぎの気もする。指摘すると彼は、少し疲れた、でも曇りのない表情で頷いた。


「フミカの言うこともわかるよ。でも、父上と母上に恩返ししようと思ったら、今が正念場だからね。あっと驚くような成果を、見せてさしあげたいんだ」


 楽しそうなアレクシスを見ていると、胸の奥が痛む。

 ご両親の真意を、私は聞いてしまった。彼が思っている「恩」なんて、本当はないのかもしれない。

 けれどもちろん、私から残酷な真実を伝えることなんてできない。知らなくていいことをわざわざ教えて、せっかく好循環しているモチベーションを粉砕してしまうなんて、誰にとっても何の益もない。

 毎日朝から夜中まで、二言目には「恩返し」を口にしながら楽しそうに働くアレクシスを、私はただ見守るしかできなかった。

 最近は街も静かなものだった。街中でのテロは、一ヶ月半前の――私がここに来た日の爆発事件以来、起きていないそうだ。街の外での小競り合いも、ここ半月ほどは鳴りを潜めているという。街の周辺をパトロールする魔導騎士たちからも、敵勢力との接触報告は上がっていないとのことだった。

 だが、それは嵐の前の静けさでしかなかったようだ。

 その日、アレクシスのお兄さん――イザークさんが、工房を突然訪ねてきた。


「三日後、盗賊団の大規模な掃討作戦が行われる」


 いつものように尊大な笑いを浮かべながら、イザークさんは作戦詳細を私たちに伝えた。

 この街の周辺では、フィーラー帝国の息がかかった大規模な盗賊団が以前から活動している。そいつらが三日後に大規模な襲撃作戦を計画していると、信頼できる筋から情報があったという。


「これは我らにとって千載一遇の機会だ。集まったところを先制攻撃で叩く。これでフィーラー帝国にも、我ら王国の戦力と情報収集能力を知らしめることになるであろう」


 イザークさんは、ふん、と鼻を鳴らした。


「ついては我らの出撃中、街の守護は衛兵隊と、おまえたちのガラクタ人形に任せることになる。……必要になる局面はせいぜい、コソ泥や市民の喧嘩程度だろうがな、誤動作だけはさせぬようしっかり管理しておけ」


 それだけ言い捨てて、私たちの返事を待ちもせず、イザークさんは出ていった。

 言葉通り次の日、街中から魔導騎士さんたちの姿は消えていた。普段は時折、壮麗な鎧にマントをなびかせて大通りを歩いている姿を見かけるけれど、この日は確かにどこにもいない。通行人を別にすれば、通りにいるのは衛兵隊の人たちと、直立不動の衛兵人形たちだけだった。

 ……正直、ほんのちょっと期待もしてしまった。いま、このタイミングで何か起きれば、衛兵人形を初めて実戦で使ってもらえるかもしれない、って。

 縁起でもないと、あわてて頭を振って散らしたけれども……悪い考えほど現実になりやすいのかもしれない。私はそれを、すぐに思い知ることになった。

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