事例で学ぶ! 異世界IT改革術 ~「ガラクタ」魔導兵を復活させた、SE女子の知識と技術~

五色ひいらぎ

序: Hello, (Another) World

ゴミの山と襲撃者

 どうやら私、ゴミ収集車に回収されたらしいな――突拍子もない考えが、あまりにも自然に浮かんだ。

 足が折れた机椅子。壊れた箱。廃材らしき何か。周りに積み上がった大量の廃棄物は、私が身じろぎすると簡単に崩れそうだ。ベッドとも呼べないガラクタの山、横になっていると背中も手足も痛いけれど、動こうにも動けない。辺りにはごく薄い光しかなくて、一メートルほど先はもう見えない。

 ここ、どこだろう。ゴミ集積場か産廃置場か。前にも酔っ払って山手線で寝落ちて、気がついたら車両基地に連れて行かれてたことがあったけど、事態としては似たようなものだろうか。会社に見放され、ゴミ扱いされた人間にはお似合いなのかもしれない。

 酔いが残った重い頭で、記憶をたどる。

 二十三時ぐらいに居酒屋を出たところまでは覚えてる。終電ギリギリだったから、最短距離の裏通りを駅まで全力ダッシュしようとして……足がもつれて盛大に転んだ。しこたま飲んだ人間が、急に動こうとしたせいだ。倒れ込んだ先は、飲食店の裏手に積まれたゴミ袋の山で――そこから先は覚えていない。

 急に、私は自分の服が気になり始めた。着替えた感じはないから、今も同じ服――ライトグレーのパンツスーツに白ブラウスのはずだ。上下で二万円しなかったセール品だけど、ゴミに突っ込んで一緒に運ばれたとしたら、汚れや臭いが付いちゃってたりはしないだろうか。安物とはいえ、スーツ一着ダメになったらお財布的にすごく痛い。

 確かめようと身を起こした。服は幸い、ジャケットもパンツも汚れていない。けれど同時に、廃棄物の山がぐらりと傾いた。


「ちょ、待っ――」


 叫ぶ間もなく、腰の辺りから重力が消えた。廃材の雪崩に巻き込まれ、床に投げ出される。

 幸いにも、変なところは打たなくてすんだ。床面についた頬に、冷たい石畳の感触がある。

 ……あれ、石畳? コンクリートじゃなくて?

 違和感を覚えて見直してみた。でもやっぱり、床に敷かれているのは不揃いな石組みだ。均一なコンクリートじゃない。

 なんだこれ――と、思いかけた時だった。


「ん。……なんだ」


 若い男の声がした。

 少し高めだけど、少年というには大人びている、少し暗い感じの声色だ。

 そして、話している言葉が。だのになぜか意味が分かる。普段日本語で話している時と同じように、すっと頭に入ってくる。

 なんだ、これ。

 どう反応していいかわからずにいると、右手側からコツリ、コツリと足音が近づいてきた。床に横たわったまま顔だけ上げると、濃紺の長衣を着た青年が、ランタンを手にこちらへ歩いてくるのが見えた。


「ああ。まだ、動くのが残ってたんだね」


 ファンタジーもののRPGに出てくる、魔法使いのような雰囲気だった。右手で光るランタンが、暗がりの中で彼だけを幽鬼のように浮かび上がらせている。背丈は、一六〇センチの私より少し高いくらいだろうか。遠くて表情は見えないけれど、大きな眼鏡をかけているようで、丸いレンズが顔の中心で鈍く光を反射している。

 ひとまず、状況を把握しないことには始まらない。日本語が通じるかはわからないけれど、とりあえず話しかけてみよう。


「えっと。あの――」

「見落としてたみたいだね。ごめん」


 思い切って出してみた声は、遮られた。

 次、何を言えばいいだろう――迷う私に、眼鏡の彼はなおも歩み寄ってくる。


「『生きた』まま、バラバラにされるのも辛いだろうから――」


 私の目の前まで来たところで、彼はランタンを左手に持ち替えた。

 懐から、細長い何かが出てくる。


「――今度はちゃんと、息の根を止めてあげるよ」


 鞘が払われた。露になった銀色の金属が、橙色の光をぎらりと反射する。

 ナイフだ。

 切っ先が、私の胸を向く。


(……ヤバい。どう考えてもヤバい)


 身が、瞬時に強張った。

 重い頭で、逃げようと立ち上がる。すると廃材の山の中に、いままで見えていなかったものが目についた。

 ランタンの光に浮かび上がる、異様に白い人間の腕。

 足。

 胴体。

 頭部。

 廃棄物の陰に、いくつも、確かに、埋もれている。

 ここが何なのか、さっぱりわからない。けれど間違いなく、状況はヤバい。


「……来ないで」


 手頃な廃材を、一本拾う。

 目の前の眼鏡男をにらみつけると、レンズの輝きがわずかに揺らいだ。


「え? ……喋った?」


 呟きつつ眼鏡男は、なおも一歩、こちらへ踏み出してくる。

 ここで気圧されたら終わりだ。私は、カラオケでも出さないレベルの大声を張り上げた。


「来ないでってばあああああ!!」


 叫びながら、全力で廃材を振り回す。


「な、ちょっと待っ、……うわあぁあぁ!」


 眼鏡男が叫ぶ。手応えが、あった。

 がちゃん、と、何かが壊れる音がした。辺りの光が急激に薄れる。

 気がつけば目の前には、幅広のナイフと、火が消えたランタンと、濃紺のローブに身を包んだ青年一人が転がっていた。

 とりあえず、命の危険は脱したようだ。けど、これからどうすればいいんだろう。手がかりはない……どころか、この不気味な廃棄物置場の出口さえわからない。知っていそうなのは、この眼鏡男だけだ。殴った拍子に、眼鏡は落ちてしまったようだけれど。

 ひとまずナイフを拾って確保し、私は男に馬乗りになった。……ローブの下の肉付きは、ずいぶん薄い。


「ちょっとあなた。生きてる?」


 肩を掴んで揺すってみる。けれど彼は気を失ったまま、ぐったりと無反応だった。

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