事例2: (まがりなりにも)動くソフトウェア
種火と水源
重々しい鉄扉を出ると、やわらかな青空の下、白漆喰と赤煉瓦屋根の建物がぎっしりと並んでいた。目の前をまっすぐに伸びる石畳の道は、自動車がギリギリ通れるかどうかの狭さだ。
「ひとまず工房まで戻ろう。ゴミ捨て場で長話をするのもなんだしね」
手押し車を押しながら、アレクシスが穏やかに言う。荷台には、あの場にあった魔導人形のうち、小さい二体が向かい合わせに座らされていた。
背後を振り向いてみると、さっきまでいた廃棄物集積場は、さして大きくはない。周りと同じ白漆喰と赤煉瓦製で、広さだけなら小学校の体育館くらいだ。薄闇の中だったから、実際の規模感以上に広く見えていたのかもしれなかった。
私はアレクシスのあとをついて、石畳の道をまっすぐに進んだ。ただでさえ道が広くないうえに、高い漆喰壁に挟まれて圧迫感がすごい。見上げれば、ほとんどの建物は二階か三階まであって、窓辺には花の鉢や古びたランタンがちらほら飾ってある。壁には蔦が這っていたりもして、隅々までファンタジーもののRPGのような様相だった。
ほう、へえ、と声を上げていると、アレクシスから声が飛んできた。
「何か、珍しいものがあった?」
「街並は、トナイと全然違うね。全部珍しいよ」
適当に返してしまったけれど、実際のところ、ここから見えるあれこれが「珍しい」のかどうかは自信がない。日本じゃないのは間違いないけど、イギリスやフランスあたりの田舎に行ったら、割と普通な景色かもしれない。行ったことないからわからないんだけど。
わかる人なら、窓辺の鉢植え、家々の建築様式や通行人の服装から、ここがどんな場所なのか推理できるんだろう。でも私の趣味は、昔からゲームとインターネットばかりだったから、そのあたりの知識はほとんどない。己の興味の偏りが、今ばかりは恨めしい。
「珍しい割には、あんまり驚いた感じじゃないね?」
アレクシスが、振り返らないまま首を傾げる。出まかせは、バレてたみたいだ。
「んー、トナイじゃ珍しいんだけど、ヨーロッパとかに行ったら普通かもしれない。……アレクシス、ヨーロッパってわかる?」
「聞いたことはないけど、察するにトナイの近くの土地かな?」
「正解。話が早くて助かるよ」
全然近くはないけれど、説明が面倒なのでそういうことにしておく。
「トナイやヨーロッパに、『水源』や『種火』はあるかな?」
「水道やガスはトナイにもあるけど、それとは別物?」
「スイドウはよくわからないけど、種火はガスを燃やした炎とは違うよ。魔導で錬成された純粋な火だ」
アレクシスは少し誇らしげだ。
魔導の火。なんだか響きだけで凄そうな感じがある。石油ストーブやガスコンロの火とは、やっぱり全然別物なんだろうか。
「たぶん、現物を見た方がわかりやすいと思う……ほら」
アレクシスが急に足を止めた。前方では道が急に開けていて、人々が円形の大きな広場に集っていた。中央には、私の背丈くらい――つまりは百六十センチくらいの石塔が二つ並んでいて、
「見てごらん」
ひとりが、石塔の中に火箸を差し入れた。真っ赤に焼けた炭を取り出し、携えた甕に入れて去っていく。次の人もその次の人も、赤い炭を数個ずつ取っては、大事そうに持ち帰っていく。
もうひとつの石塔は、中に水盤が見えた。人々は、バケツや桶に次々と水を汲んでいく。
「魔導の種火と水源だよ。『魔導石』の魔力が続くかぎり、火と水を作り出し続けてくれる。ここレヒナーの街では、東西南北と中央広場の五カ所に設置されていてね。おかげでここでは、火打石を使わなくても煮炊きができるし、遠くの河まで水汲みに行く必要もないんだよ。……トナイはどう?」
アレクシスの声は、とても誇らしげだ。
うーん、本当のことを言ってしまっていいんだろうか。都内ではガスも水道も各家庭に通ってるし、火打石なんて遠い昔に絶滅しちゃってる……なんて言ったら、彼はまた落ち込むだろうか。
あと、普通の火や水との違いも分からない。魔導っていうから何か凄いものかと思ったけど、外見だけだと、東京の水道水や焼肉屋さんの炭火との違いは分からない。
「これって、井戸水や焚火の火とはどう違うの? 普通に井戸を掘った方が早そうな気がするんだけど?」
「このあたりの地下水は汚いから、飲み水には使えない。火も、不純物を含んでない方が長持ちするしね。それに――」
アレクシスが言いかけた瞬間だった。
耳が裂けそうな轟音が、突然響き――目の前の石塔が爆発した。
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