SUMIO OSUMI 

 惚れ惚れする。

 男性は闘う場面をどのように書いているのだろう。確かそんな動機で、男性の書く武闘ものをカクヨムであさっている時に大隅さんに行き着いた。
 一読してその文体と漢の世界に惚れ込んでしまい、前のめりになって読み耽った。
 読み耽るついでに、途中でうっかり、応援ハートを押してしまった。
 その時は二度押しで取り消せるということを知らなかった。とにかく押してしまったのには違いない。

 わたしは大慌てになり、読んでても読んでないことにして! そんな、無茶なことを大隅さんに頼んだことを憶えている。


 女が読んでいることを作者が知ったなら、陰惨無惨な暴力シーンや、その先の展開であるかもしれない艶場面で、躊躇されるのではないか。
 遠慮して、想うように書けないのではないか。
 そう想ったからだ。
 投稿サイトは作者と読者が近い。

 読んでても読んでないことにして!

 そんな願いを、大隅さんは多分苦笑しながら流してくれたのだろう、その後も暴力や殺人のある小説は遠慮なく次々と書きおろされ、そのうちに女性の読者も増えてきた。
 何の心配もいらなかった。

 大隅さんの作品の漢には色気はないのだが、一本の美学が通っており、誰もが謎を隠し、侵し難い硬質の気品がある。
 これといって登場人物が男の美学をご披露するわけではないのだが、浮ついておらず、沈思黙考型で、実行力に長けているのだ。
 そしてそこにほんの僅かの、ハードボイルド界からも駆逐されつつある煙草のけむりの尾のような、可愛げがのぞく。

 特筆すべきは、文章の巧さだ。
 ほとんど描写らしい描写がなくとも、平安京の天海に蒼褪めた月が過ぎ、妖しい女の顔が蛾をとめた燈明に浮かび、内裏に鬼火が吸い込まれていく様子が眼に浮かぶ。
 かぎられた一文で黴くさい風や闇の濃さを想像させている。
 端的にまとめ上げており無駄なものがない。惚れ惚れするほど巧い。
 ほぼ毎日更新されているが、毎回きちんと安打を積み上げていく職人技の打者という感じだ。

 本編は、マニアにはおなじみの小野篁を主人公にして、オムニバス形式で伝説の巨漢の若き日々を描く。
 小野篁についての予備知識がなくとも、なにも困らない。すばらしい文章で平安の怪異を楽しめる。
 読者は冥府ならぬ、大隅ワールドの井戸に入るだけでいい。
 小野篁は小野小町の祖父だそうだが、父親という説もある。小野小町がもともと不明の多い女人なのだ。
 ならば祖父の篁も好きに書いてもよいだろう。

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