剣闘試合・後篇

 アレックスとベオウルフの試合は、ベオウルフの優勢に進んでいた。

 元々武器も無ければ防具すらないアレックスと剣や鎧といった装備が一式揃っているベオウルフとでは、当然後者に分があると言わざるを得ない。

 その利点をベオウルフは最大限活かす事にした。

 まず第一にアレックスが丸腰である以上、彼の攻撃手段は殴る蹴るといった自分の身体を使った方法に限られる。

 であれば、アレックスのその短い攻撃範囲に入らなければ良い。

 そこでベオウルフは遠距離攻撃系の魔法である火炎弾ファイアーボールを次々と放ってアレックスを攻撃し、彼を自分の傍へ近付けないようにしたのだ。


 瞬脚の心威によって極めて素早い高速移動を可能としているアレックスに対して、この作戦はそこまで有効打にはなり得なかったものの、それでもアレックスを手こずらせるのには充分だった。


「くぅ。狙いも精確だし、威力もスピードもかなりのもんだな。でも、俺だって負けないぜ」


 アレックスは飛来する火炎弾ファイアーボールを次々と回避しながら、確実にベオウルフとの距離を縮めていく。

 常人離れした動きを見せるアレックスは、まるで飛んでくる火炎弾ファイアーボールの動きが把握できているかのように優雅な身のこなしで避けていった。


「この動き。間違いない。見気の心威けんきのしんいまで使いこなしているな」


 見気の心威。

 相手の位置や魔力量などを量る事ができる業で、これを極めた者は相手の感情を感じ取ったり、相手の動きを先読みできるとされている。

 今、アレックスがやって見せている異常な回避技術は、単なる反射神経の賜物ではなく、この見気の心威の恩恵によるものだろうとベオウルフは推測した。


 そして遂に、アレックスはベオウルフの目前にまで迫る。


「今度はこっちの番だぜ!」


 不敵に笑うアレックスが右手を握り締めて拳を作る。

 その拳にアレックスは意識の全てを集中させた。金剛の心威によって右手の拳を鈍器へと変えたのだ。


「これでも喰らえ!」


 アレックスの渾身の一撃は、目にも止まらぬ速さでベオウルフに迫った。


「く!」


 回避するいとまは無い。まともに受ければ着ている鎧は粉々に粉砕されるだろう。そう判断したベオウルフは、自らの愛剣を犠牲にする事を決断した。


 ベオウルフがアレックスの拳の前に差し出した大剣は一瞬にして砕け散り、そのままベオウルフの着ている鎧に直撃する。

 犠牲にした剣のおかげで多少は威力が削がれたのか、鎧は多少ヒビが入った程度で済んだ。

 しかし、その凄まじい衝撃は、ベオウルフの巨体を空中へと舞い上がらせる。


「くはッ!」


 空中のベオウルフを見上げるアレックスは全身に意識を集中させて地を蹴り、自らも空中へと飛び上がった。


 練成の心威。

 身体能力を向上させる事ができる業である。これによって強化魔法といった身体補助無しでも常人離れした身体能力を行使できる。

 アレックスは、この業によって鎖で雁字搦めにされて重たい状態になった身で大空へと舞い上がったのだ。


 そして、集束させた凄まじい心威を纏う右手の拳をベオウルフの腹部に叩き込んだ。

 その一撃は、ベオウルフの身に付けている鎧を粉々に粉砕して、ベオウルフの腹部に大きな手傷を負わせ、その意識を完全に奪い取った。


 アレックスは気絶したベオウルフを肩に担ぎながら、ゆっくりと地面に着地した。


『勝者! 大罪人アレックス!!』


 司会者の声が闘技場に響き渡ると、観客達が一斉にブーイングの嵐が吹き荒れる。


「いい加減さっさとくたばりやがれ!」


「この化け物め!!」


 激しい罵声の雨を一身に集めるアレックスは、軽く溜息を吐いた。


「あ~あ、せっかく久しぶりに楽しい試合だったのに、もう終わっちゃったか~。まあいいや。帰って飯にするか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る