衣装選び
「大丈夫ですか?」
冒険者二人が去ったのを見ると、エカテリーナは顔を露店の店主に向ける。
「あ、あぁ、おかげで助かったよ。だが、あんた等、マズい奴等に喧嘩を売ったぞ!」
「まったくアルは、昔から考え無しに突っ込んでいっちゃうんだから」
呆れたと言わんばかりの口調でアレックスを見るエカテリーナ。
しかし、当のアレックスは自分のせいにされるのが不服なようで頬を膨らませて抗議する。
「さ、先に動いたリーナに言われたくないよ!」
「そ、そんな事より、あんた達、早くこの街を離れた方が良いぞ!」
「え~大丈夫でしょ。あいつ等、全然弱いし」
「そうね。それにまだここでの用も済んでいないし。それはそうと店主さん、この子に服を買ってあげたいんですけど、この近くに良い服屋さんはありませんか?」
アレックスはこの五年間、一度も身体を洗った事が無かったようで、彼の身体には五年分の汚れが溜まっていたのだが、それはとりあえずエカテリーナの水魔法で徹底的に洗浄した。
あとはボロボロの布を纏っただけの衣装を何とかしなければ、とエカテリーナは考えていたのだ。
「え? あ、あぁ、服屋なら、そこの道を右に曲がって、三つ目の店がこの街で一番大きい店だ」
「ありがとうございます。では私達はこれで失礼します」
エカテリーナは礼儀正しく一礼すると、アレックスの手を引いてその場を後にする。
◆◇◆◇◆
露店の店主に紹介してもらった服屋にやって来たエカテリーナは早速、アレックスの衣装を新調する事にした。
しかし、アレックスはそれほど乗り気ではなかった。
「俺は別にこのままでも良いけど」
「ダメよ! そんな格好、どう見ても怪しすぎるわ」
そう言ってエカテリーナは、次々と服を持ち出してはアレックスに試着させた。
それはまるでアレックスを着せ替え人形にして遊んでいるようである。
「う~ん。アルは意外と顔が良いから、何を着ても似合っちゃうわね~」
「意外と、ってのが引っ掛かるな。ねえ、そろそろ決めてくれない?」
アレックスは興味が無さそうな感じで、欠伸までしている有り様だった。
「自分の服なんだから、もう少し自分でも考えなさいよ」
「俺は別に何でも良いよ。リーナが選んだもので」
五年間、ずっと闘技場の中でボロ布と鎖だけ身に付けていたアレックスに、今更ファッションに興味を持てと言っても難しい話か、と思ったエカテリーナは、諦めて真剣にアレックスのコーディネートを始めた。
そして試行錯誤すること数時間、ようやくエカテリーナは自身の納得がいく衣装を見つけるに至った。
「うんうん! とっても似合ってるわよ!」
「は~。やっと決まった~。疲れた~」
お腹を丸出しにしたトップスに、ズボン。その上からフード付きのロングコートという組み合わせだ。
トップスとズボンの色は黒を基調としているが、節々に金色があしらわれている。
ロングコートと履いている靴は黒一色ではあるが、下手に華美でない方がアレックスには似合うとエカテリーナは判断したのだ。
「ふふふ。お疲れ様」
「でもまあ、この服、とっても動きやすいし気に入ったよ」
そう言ってアレックスは、軽く地面を蹴って宙返りをしてみせた。
「気に入ってくれて何よりよ。じゃあこれで決めちゃいましょうか」
エカテリーナはこの服屋の店主を呼び出して会計を済ませようとする。
「毎度あり! それじゃ全部合わせて七五〇カイゼルになりますねー」
金額を聞いたエカテリーナは唖然として、金貨を取り出そうと革袋に伸ばした手がピタリと止まる。
「ちょっと待って! いくら何でもそれは高過ぎじゃない? 私の故郷だったら、どんなに高くても七〇〇もあれば買えるはずよ」
「そ、そう言われてもねえ。先月からまた商売税が上がって、こっちも値上げしないと商売上がったりなんだよ」
先ほどまで見ていた活気ある街並みからは想像もしなかった店主の発言に、エカテリーナは驚いた。
「それほど景気が悪いようには見えませんが?」
「全部冒険者のせいさ。あいつ等は自分達がいないとこのラビリンスの経済が回らなくなる事を良いことにやりたい放題なんだよ。おかげで政府も冒険者の言いなりで、そのツケが俺等みたいな市民に回ってきてるってわけだ」
「……そうですね。そういう事情なら仕方がありませんね。七五〇カイゼルでお支払いします」
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