迷宮都市ラビリンス

「お客さん、もう着きますよ」


 馬車に揺られること丸一日、アレックスとエカテリーナは目的地を目の前にしていた。


「ありがとうございます。おかげで助かりました」


 礼を言うエカテリーナは、馬車の荷台で眠っているアレックスの身体を揺さぶって起こそうとする。

 

「んんん。まだ眠いよ~」


「ダメよ。もうすぐ到着なんだから」


「どこに?」


「寝ぼけてるの? 決まってるでしょ。迷宮都市ラビリンスよ」


「んん~。あ、あぁ、そうか」


 アレックスは目を擦りながら起き上がる。


 馬車を降りるとエカテリーナはお金を払い、アレックスと共に城門を潜って『迷宮都市ラビリンス』と呼ばれた都市の内部に入った。


 ここはラビリンス王国。通称“迷宮都市ラビリンス”。

 その名の由来は、この都市が迷宮ダンジョンの上に築かれている事から来ている。

 

 迷宮ダンジョンとは、魔物が棲息する地下洞窟の事であり、神話によると太古の昔に栄えた魔導王国が世界各地に建造したものだという。


 そしてここラビリンスは、そんな迷宮ダンジョンに棲息する魔物を狩って魔石や牙、毛皮などの生物材料を収集して国外に輸出する事を生業とする国である。

 しかし一方で時折、迷宮ダンジョンから魔物が溢れ出して都市に入り込み、住民に被害をもたらす事も度々あった。

 それ故に軍隊のみでは対処しきれずに冒険者に助力を乞う事もあるため、冒険者産業も盛んであり、冒険者協会ラビリンス支部が設けられるほど。


 都市の中は、先日訪れたブリストルとは比べものにならないほど人が多く、活気に満ちていた。

 見渡す限り、視界を埋め尽くすほどの人がおり、街道沿いには露店がズラッと並んでいる。


「おぉ~すげ~!」


 あまりの活気に、アレックスは感嘆の声をもらす。


「アルはずっと闘技場の中にいたんだもんね。私は何度か来た事があるけど、ちょっと街を散策しましょうか」


「お! 良いね!」


 それから二人は様々な店を巡って、美味しい物を食べたり、珍しい品々を見て回る。

 そこでは魔物の肉の丸焼きがあったり、魔石を用いた装飾品があったりと迷宮都市ならではの品揃えも見られた。


 そんな中だった。

 とある露店から激しい怒声のような声がアレックスも耳に入る。


 ふと、そちらを見てると、そこには白銀の鎧を身に纏った柄の悪そうな男二人がひ弱そうな露店の店主に、今にも襲い掛かりそうな状況だった。


「貴様、俺達をギルド【白銀の剣アイアン・ブレード】のメンバーと分かっててそんな態度を取ってるのか?」


「そ、そんな、私はただ、代金を貰いたいと……」


「おいおい。お前は一体、誰のおかげで商売ができてるのか分かってるのか? 俺達が命懸けで迷宮ダンジョンに潜ってるからだろうが! ここに売ってる商品だって、元を正せば俺達が迷宮ダンジョンで採取したものだ。その俺達に対して感謝の気持ちを示そうって気はねえのか、お前さんは!」


「も、勿論、冒険者の皆様には日々感謝していますよ! し、しかし、それとこれは……」


「ったく分からねえ奴だな」


「仕方がない。こういう奴にはきっちりと礼儀を教えてやろうぜ」


 鎧を纏った二人組は共に自身の腰から下げられている剣に手を伸ばす。

 二人が鞘から剣を抜き取ろうとしたその時、一瞬だけ凄まじい殺気に満ちた魔力が背筋を撫でるような感覚を二人は覚えて、その手を止める。


「ねえ、あなた達」


 穏やかな女性の声。しかしその裏にはどんな猛者でも悪寒を感じるような冷徹な感情が潜んでいる。


 二人は恐る恐る声のした後ろを振り返ると、そこには赤髪をした美女エカテリーナの姿があった。それも冷徹なほど満面の笑みを浮かべて。


「な、何だよ、てめぇ」


「な、何か文句でもあるのかよ?」


「あなた達、見たところ冒険者みたいだけど、武器も持たない人に対してその剣を抜く事の意味をちゃんと分かっているのかしら?」


「何を偉そうな事を!」


「俺達に逆らうとどうなるか教えてやるよ!」


 二人の怒りの矛先はエカテリーナへと向けられ、剣を抜いては彼女へと斬りかかろうとする。

 しかしその瞬間だった。

 二人の前にアレックスが一瞬にして移動して、彼等の剣の刃を素手で掴む。


「こ、今度は何だよ」


「う、動かねえ」


 素手で刃に触れているというのに、アレックスの掌はまったく傷付きはしなかった。

 アレックスの金剛の心威によって彼の素手は、剣の刃など一切効かないほどの硬度を誇っていたのだ。

 そしてアレックスの掴んでいる剣は、彼よりもずっと体格の大きい大人二人が力を入れて動かそうとしてもビクともしない。


「お前等、リーナに何をしようとしてやがった?」


 激しい怒りに満ちたアレックスの視線が二人の男を睨む。


「ひ、ひぃ! お、お前等、俺達にこんな事をして、ただで済むと思うなよ!」


「絶対に後悔させてやるからな!」


 そう言い残して二人は、尻尾を巻いて逃げ出した。

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