真紅の剣聖

 二日後。


「エカテリーナ様、どうか落ち着いて下さい!」


 アレックスの幼馴染みである、紅玉騎士団団長エカテリーナ・スカーレットは、魔物討伐の任務から戻るなり険しい剣幕で王宮の廊下を突き進む。


「黙りなさい!」


 王室騎士団の最精鋭たちを、その迸る魔力だけで威圧したエカテリーナは、玉座の間へと突撃してアフィトリオン三世に詰め寄った。


「一体何の騒ぎだ、我が騎士団長よ?」


 玉座に座るアフィトリオン三世は淡々とした口調で問う。

 しかし内心では、彼は焦りを感じていた。

 エカテリーナの放つ殺気に満ちた魔力は、今までに感じた事がないほどに強力なものだったからだ。


「国王陛下、なぜアレックスを処刑なさったのですか?」


 王を前にしても跪きすらしないエカテリーナの態度は、それだけでも不敬罪に当たる行為ではあったが、当のアフィトリオン三世は特に気にする様子もない。


「ふん。何かと思えば、そんな事か。早とちりするでない。確かにアレックスに死刑判決は下した。だが、あやつはまだ死んではおらん」


「え? ……それは一体、どういう事ですか?」


「刑の執行時、あやつは刑場となった闘技場から逃亡しおったのだ。現場にいた者の話によると、突如あやつの身体から膨大な魔力が噴き出したかと思えば、闘技場に掛けられていた逃亡防止用の拘束魔法や結界魔法が尽く消滅し、その場にいた余の揃えた騎士たちがバタバタと気を失ったそうだ」


「そ、それは、まさか……」


「信じがたい事だが、間違いない。聖王神エルの加護を受けし者だけが扱えると言われる伝説の心威"天授の心威"だ」


「あらゆる魔法を無効化し、他者の魂すら刈り取る事ができると言われる、最強の心威」


「そんな心威を持つ化け物が今、野に放たれているのだ。今、王国軍全軍を上げて捜索に当たっている」


「……アレックスを殺すおつもりですか? 実の息子を」


「元よりそのつもりで処刑命令書にサインしたのだ。それに今となっては、あやつの存在は危険だ。生かしておけば必ずや王国の災いとなる。そうなる前に息の根を止めねばな。このタイミングでそなたが戻ってきたのも好都合。そなたの紅玉騎士団もアレックス抹殺の任に就け。如何に相手が天授の心威使いだったとしても、王国最強の騎士であれば対抗できよう」


「お断ります」


「何だと?」


「只今を以て私は紅玉騎士団長の地位を返上致します。ではこれにて失礼を」


 エカテリーナは一礼すると、何の躊躇もなく身体を反転させてその場を後にしようとする。

 しかし、アフィトリオン三世もこのまま黙って彼女を見過ごす事はできない。


「待て。そなたの勝手で騎士団長の地位をそう易々と返上などできると本気で思っているのか?」


 王国最強の騎士として"真紅の剣聖"という異名を誇るエカテリーナを手放せば、ヴィクトリア王国の戦力は大きく低下する事は免れない。ましてその強さと美貌から民の信頼も厚かった彼女が王国を去るとなれば、人心に与える影響も無視はできないだろう。


 アフィトリオン三世が右手を軽く上に上げると、玉座の間に集まっていた王室騎士団の面々が鞘から剣を抜いて、扉の前に壁を作る。

 そんな彼等を前にしても、エカテリーナの決意は変わる様子は無いようで、凄まじい殺気が全身から滲み出た。

 

「あなた達に恨みはありません。ですが、私の道を阻むというのならその時は、分かっていますね?」


 王室騎士団は、アフィトリオン三世が自ら集めた最精鋭部隊。その彼等ですらエカテリーナの殺気に当てられた瞬間、全身が震え上がり、無意識のうちに剣の構えを解いてしまう。


 扉の前にできた壁は戦う前から脆くも崩れ去り、それを目にしたエカテリーナは無駄な血を流さずに済んだ事を内心で安堵すると「ごめんなさいね」と小声で謝罪の言葉を述べる。

 そのまま背後の主君には一切めもくれずに玉座の間を後にしたのだった。

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