剣闘試合・前篇

 十五歳になったアレックスは、今日も剣闘士との試合に興じていた。


 剣闘試合というのは、色々な種類があるが、多くの場合は罪人の処刑を見世物として公開しているに過ぎない。


 つまり市民を虐殺するという大罪を犯した元王子アレックスへの処刑は、五年にも渡って繰り広げられてきた事になる。

 だが、どれだけ不利な状況下に陥ろうともアレックスは勝ち続けた。


 そのためアレックスの試合は、一対多数がいつしか当たり前のようになっていたが、今日は珍しく一対一の試合となっていた。


「何だよ、今日は一人だけかよ。つまんねえ試合になりそうだな」


 アレックスは何とも不服そうな顔を浮かべる。


 そんな彼の不満を向けられているのは、筋肉質で大柄の体格をした、如何にも歴戦の戦士といった風の男だった。


『本日、大罪人アレックスと相対するのは、とある亡国の騎士団長を務めていた男、ベオウルフ!!』


 闘技場全体に司会者の声が拡声魔法によって響き渡る。

 騎士団長、と聞いた途端、アレックスの目の色が変わった。

 

「あんた、騎士団長をやってたのか」

 

「昔の話だ。今はただの一介の奴隷剣闘士に過ぎん」


「ふ~ん。まあいいや。俺はとりあえず強い奴と戦えるならそれで」

 

 ほぼ素っ裸の上から無数の鎖を巻き付けられて何とも動きづらそうなアレックスは、頭の後ろで手を組んで陽気に笑う。

 その様にベオウルフはどこか不気味さを感じずにはいられなかった。


『それでは、試合開始!!』


 試合開始のゴングが闘技場に鳴り響く。

 その瞬間、ベオウルフは右手に握る大剣を振り上げてアレックスへと迫る。


「遅いな」


 振り下ろされた大剣がアレックスの頭上に迫ろうとしたその時、アレックスの姿はその場から消え失せた。

 何もない空を斬った大剣は、空しくその場で静止する。


「な! き、消えた? 魔法か? しかし、魔力反応は無かった。という事は、」


瞬脚の心威しゅんきゃくのしんいさ」


 自慢げに語るアレックスがベオウルフの背後に立っている。

 

 “心威”

 それは魔力によって発動する魔法とは違い、強靭な意思によって発現する業である。


「足に意識を集中させて移動魔法なみの高速移動を可能にする業。まさかこれを扱える奴隷がいるとはな」


 ベオウルフは右足を軸にして身体を回転させながら、大剣を横一線に振るってアレックスの首を刎ねようとした。

 しかし、その大剣をアレックスは右手の掌で易々と受け止めてしまった。

 大剣の刃を受け止めた掌は、傷一つすら付いていない。


「な! 金剛の心威こんごうのしんいだと……」


 金剛の心威。

 強い意思を鎧のように纏う事で、単純な攻撃力と防御力を向上させる業である。


「奴隷だって。来る日も来る日も心威使いと戦ってれば自然と覚えるさ。今日まで多くの心威使いが俺を殺すために送り込まれてきたからな。まあ正直、覚えるだけなら魔法の方が楽っちゃ楽なんだけど、生憎、この鎖は封魔の鎖で俺は魔法が封じられているんだ」


「く! いくら心威使いであろうとも!」


 ベオウルフは大剣を素早い身のこなしで振るって、アレックスに対して連続攻撃を繰り広げる。

 心威というものは強力ではあるが、凄まじく精神力を消耗する。まだ幼い少年でしかないアレックスであれば、間断なく攻撃を続ければいずれ集中力も途切れて隙が生じるだろう。


「でやあああ!」


 最後に繰り出した斬撃がアレックスの左腕の上腕を掠めて血が滲み出る。


「ありゃ~、俺の金剛の心威が破られたか。こんなの久しぶりだよ」


 しかし当のアレックスは特に気にする様子は無い。むしろ感心したという様子で視線をベオウルフに向ける。


「このままお前を始末してくれるわ」


「ふん。さぁて、そう上手くいくかな?」


 次の瞬間、アレックスが左腕に負った切り傷がみるみるうちに回復していき、数秒後には傷跡すら残さず綺麗に治ってしまった。


「くぅ。治癒の心威まで使えるのか。だが、回復される前に倒せば良いだけの事!」


 今度はベオウルフの身体が突然消えたかと思うと、一瞬にしてアレックスの目の前まで迫り、アレックスに向かって大剣を振り下ろす。

 それを軽く右手で受け止めるアレックスだが、透かさずベオウルフはアレックスの腹部に強烈な握り拳を叩き込んだ。


「ぐはぁぁ!」


 強化魔法で極限まで高められた拳はかなりの威力だったようで、アレックスの身体は空中へと飛び上がり、背中から勢いよく地面に叩き付けられた。


「うげッ! ……き、騎士が殴るなんてアリかよ!」


「戦いに卑怯も何も有りはしない。勝つか負けるか。それだけか」


「ん~。まあ今のは油断した俺が悪いか~。よいしょっと!」


 立ち上がったアレックスは、真剣な眼差しでベオウルフを見つめて「もう油断はしないよ」と宣言した。

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