最強剣闘士の奴隷王子は強敵との戦いを求めて旅に出る

ケントゥリオン

奴隷剣闘士

「殺せ! 殺せ!」


「血を流せ!」


「さっさと死んじまえ!」


 ワァーワァーと野蛮な罵声の嵐が吹き荒れるここは、ヴィクトリア王国王都ヴィクトールの中心部に位置する円形闘技場。

 この場所では毎日のように剣闘士達が持てる力の全てをぶつけ合って殺し合いを繰り広げる。


 そして今、この円形闘技場で数万人の観衆の視線を一身に集めているのは、十五歳くらいの黒髪をした少年だった。


 少年は腰に灰色の布を一枚巻いただけでほぼ裸に近い姿をしており、その鍛え上げられた見事な肉体美を露わにしていた。

 しかしその上からは、幾重にも頑丈そうな鎖が巻き付けられていて、身動き一つ取るだけでも大変そうである。

 そんな彼は、自身よりもずっと年上の剣闘士十人ほどに取り囲まれながらも余裕の表情を崩さない。


「なーんだ。今日は数は多い割に雑魚ばっかだな」


 少年の無邪気そうな声を聞き、周りにいる剣闘士達は一気に頭に血が上る。


「何だと、このガキ!」


「ふん。こういうガキには大人がみっちりと躾をしてやらねえとな」


 剣闘士達の怒りと敵意に晒されながらも少年の顔から余裕が消える事は無かった。


「喋ってる暇があったら、さっさと掛かってきたらどうだ?」


「まったく生意気なガキだぜ。その口、もう二度と聞けなくしてやる!」


 少年を取り囲む十人の剣闘士達は、一斉に剣を構え直して少年へと迫る。


「遅いな」


 少年は不敵な笑みを浮かべて、押し寄せる剣撃を巧みな身のこなしで次々と回避した。

 そして自身の身体に巻き付いている鎖をまるで鞭のように操って、迫り来る剣闘士に応戦する。

 丸腰状態だった少年は、自らを縛る鎖を武器として代用するしかなった。


 鎖を相手の剣に巻き付けて動きを封じ、その隙に少年は地を蹴って跳び蹴りをお見舞いする。

 その蹴りの威力は凄まじく、それをまともに受けた剣闘士は闘技場の端まで吹き飛ばされて、そのまま意識を失ってしまい戦闘不能になった。


「よし。武器ゲットと」


 そう言いながら少年は鎖に巻き付いている剣を回収して構え直す。


 その僅かな間に見せた少年の戦いぶりに、他の剣闘士達も動揺を隠せず、攻撃の手を止めてしまう。


「何だ何だ? もうおしまいか? 相手は子供一人だぞ」


 少年はどこか不満気な顔を浮かべて退屈そうにする。


「くぅ。化け物めぇ」


「こうなったら、全員で一斉にやるぞ!!」


 剣闘士達は呼吸を合わせて、一斉に少年へと襲い掛かるのだった。



 ◆◇◆◇◆



『勝者!! 大罪人アレックス!!』


 勝敗は決した。

 リングに立っているのは少年だけであり、他の剣闘士達は全員倒されて気絶していた。

 まだ幼く、明らかに不利な状況下にありながらも見せた圧倒的な戦闘能力。


 それを見た観衆が口にしたのは歓声ではなかった。


「さっさとくたばりやがれ! アレックス!」


「くそ。また生き残りやがったか」


「死ね! 死にやがれ!」


 そんな観衆の罵声と怒声を一身に浴びながらも、アレックスと呼ばれた少年は一切反応する事はなくリングを後にする。


 少年が向かった先は、闘技場の地下に設けられた囚人の収容区画だった。

 ここには、今後の闘技会を戦う奴隷や罪人達が収容されており、アレックスも普段はここで過ごしていた。


「ち! また死ななかったのかよ」


 戻ってきたアレックスを目にした柄の悪い看守が言う。


「お生憎様。今日は雑魚ばっかであんまり面白くない試合だったよ。それより腹が減った。ちゃんと試合に勝ったんだから、飯くれよ」


「戻るなり煩いな。そんなに飯が欲しけりゃ大人しく檻に中に入ってろ」


「はいはい」



 収容区画の最奥に設けられた一際頑丈そうな独房。

 ここがアレックスのマイホームだった。

 アレックスがその中に入ってしばらく大人しくしていると、看守がカビの生えたパンを持参して鉄格子の隙間から独房の中へと投げ入れる。


「おら。お望み通り持ってきてやったぞ。さっさと食え」


 アレックスは床に落ちたそのパンを手に取って食べる。


「ふう。やっぱり身体を動かした後の飯はうめえな。ただなぁ~。なあ、もうちょっとくれよ」


 育ち盛りの少年がパン一つで食欲を満たせるはずもない。


「おめぇみたいな大罪人にこれ以上食わせる飯なんてあるわけねえだろ! 馬鹿が!」


 そう言うと看守は足早にその場を去っていく。


「何だよ、ケチだな~。まあいいや。今日はもう寝るか」

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