05

朝日と共に、バチカルは目を覚ました。


たき火のあとを見てから、その小さな体を伸ばしている。


シマリスは基本的に早寝早起きだ。


約十二時間は睡眠をとると言われていて、バチカルが食事の後にすぐ眠ったのもあって、気持ちよさそうに太陽を眺めている。


一方で馬のほうはすでに目覚めており、美味しそうに草をんでいた。


馬の睡眠時間は、一日あたりおよそ三時間ほどと言われている。


とはいってもまるまる三時間寝るのではなく、十五~三十分くらいを休んでは起きてを繰り返す。


一説によると草食動物の多くは、食べた物の消化に時間がかかるため、一日のうちの睡眠時間が短くなるようだ。


他にも敵から逃げることが重要なため、長い時間の睡眠をとらないとか。


馬は寝ているときも耳を動かして周りを警戒し、外敵から身を守っているという話もある。


「おう……起きたか、あんたら……」


たき火の側で、毛布に包まっていたクスリラがゆらゆらと起き上がった。


その顔はげっそりしていて青白く、さらには目の下にクマができている。


やはり本人が口にしていた通り生粋きっすいのインドア派というだけあって、野宿では熟睡じゅくすいできなかったようだ。


「あぁ、寒い……。あと体のあちこちが痛い……。うぅ、もう二度と野宿なんてしないぞ……あたしは……」


バチカルは、ぶつぶつ文句を言い続けているクスリラに向かって大きく鳴いた。


それは早速出発しようというかけ声みたいなもので、バチカルは急かすように彼女の肩に飛び乗った。


クスリラは、耳元で鳴き続けるリスをわずらわしく思いながらも、渋々出発の準備を始めた。


昨夜使った毛布や火打石を袋へと詰めていく。


ものはそれほど多くはないが、今のクスリラにとっては億劫おっくうで仕方がない。


「なにバチカル? こっちはあまりよく眠れなかったんだから、そんなに急かさないでよね」


クスリラは、急に大きく鳴き出したバチカルをうっとうしく感じていると、かつかつとひづめの音が聞こえて振り返った。


そこには、馬に乗った三人の男らの姿が見える。


甲冑や兜を身に付けてはいないが、男たちは弓矢を構え始めている。


「あれってもしかして……? うわぁぁぁッ! いきなり打ってきた!?」


これまでの亀のごとき動きが嘘のように、クスリラは大慌てで馬にまたがってその場から逃げ出す。


矢を放ってきた男たちからは距離があり、幸い当たらずには済んだが、まだ彼女のことを追いかけてきていた。


目的地である女将軍ブティカ·レドチャリオの陣地の近くだというのに、まさか反乱軍と出くわすとは。


一応リュドラがくれた荷物の中には、護身用の剣が一振りあるが、飛んでくる矢を打ち落とすほどの力も技術もクスリラにはなかった。


そもそも彼女は軍学校時代から白兵戦の授業が苦手だったので、もしまともに剣で打ち合ったとしても勝てやしない。


一兵卒はおろか、クスリラは同級生と比べても剣も槍もろくにあつかえないのだ。


「あぁぁぁッ! もうすぐ到着するってのになんて運が悪いんだ、あたしはッ!」


叫びながら馬を走らせるクスリラ。


バチカルはそんな彼女を見て、「いや、寝てるときに見つからなかったのは、むしろ運がよかったんじゃない?」と言いたそうに鳴いている。


そんな状況で馬を走らせていたクスリラだったが、突然、目の前に新手の兵団が見えた。


それに気がついたバチカルは、慌てて馬に鳴いて足を止めるように指示。


だが、急に止まったせいで、クスリラは馬の背中から放り出されてしまう。


「イタタ……って!? 今は痛がっている場合じゃないなかった!」


クスリラは慌てて腰に移していた剣を手に取る。


目の前には、すでに新手の兵団が立っていた。


前門の虎、後門の狼とでもいえる状況に追い込まれ、もはや逃げることもかなわないと思われたが――。


「お前は反乱軍の者か?」


赤い髪を束ねた女が声をかけてきた。


フルプレートの甲冑を身に付け、その下には女性ながらも鍛え抜かれているとわかる体をしている。


「え……? いや、違いますけど……むしろ今追いかけられてたところで……」


戸惑いながらクスリラは答えた。


すると馬に乗っているバチカルが激しくキーキー鳴き出した。


赤い髪の女はそんなリスを一瞥して微笑むと、乗っていた馬の手綱を動かして、一人クスリラを追いかけてきていた弓騎兵へと向かっていく。


そして長く分厚い刃を持つ剣を抜き、次第に馬の速度を上げていった。


「なにやってるんですか!? 相手は三人いて弓矢を使ってくるんですよ!? 突っ込んでいくなんて自殺行為だ!」


クスリラは思わず叫んだ。


相手が何者なのかはわからないままだったが、無謀にも向かっていく赤い髪の女の身を心配したのだ。


しかし、そんな彼女とは違って、赤い髪の女といる兵士たちは余裕の笑みを浮かべている。


それどころかバチカルまで嬉しそうに鳴いていて、クスリラはさらに混乱させられていた。


そんな彼女を落ち着かせようと、馬からバチカルが近づいてくる。


「え、なに? さっきの人を見てみろだって?」


バチカルはクスリラに向かって鳴くと、次に赤い髪の女のほうへ体を向けて鳴き出した。


言われた通りに視線を動かすと、そこには飛んでくる矢を剣で打ち落としながら弓騎兵へ向かっていく赤い髪の女の姿があった。


無数の矢を物ともせず、逃げようと背を向けた弓騎兵三人を、乗っていた馬ごと斬り倒していく。


そのあまりの強さにクスリラが立ち尽くしていると、赤い髪の女は彼女の前に戻ってくる。


「久しぶりに剣を振るえたのはいいが、それにしても手ごたえがなさ過ぎるな」


「あ、あなたは一体……?」


「なんだお前、バチカルといるのに私の顔を知らんのか?」


赤い髪の女はクスリラに答える。


「私はブティカ·レドチャリオ。リリーウム帝国の将軍だ」

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